その後も黒い物体の出現と人間の死はセットになっているかのように、何度も彼の前で展開された。Gさんは黒い物体の出現を恐れるようになった。
その半年後。Gさんは再び奴と出会ってしまう。
家族で海水浴に来ていたのだが、泳ぎに夢中になり、砂浜でぼんやりとしていると、浜辺が騒然となった。誰かが沖を指差した。
「人が溺れているぞ」
その指の示す方向で、水しぶきがあがっている。人が溺れているのだ。
「あぶないな、大丈夫かな」
その刹那、あの黒い物体を海上に見つけた。奴はまるで獲物を探すかのように浮遊している。
「ああっ、また奴だ!」
Gさんは足の震えを抑えきれない。
今回は昼間である為か、いつもの化け物の声は聞こえない。だが、皆には見えないだろうか。誰もそれを指摘しないのだ。
「そうか、ほとんどの人間が見えないんだ」
彼は確信した。奴の姿は普通の人には見えない。
「やはり、あの世からの来訪者か」
Gさんは悪寒を感じ、ゾッとした。
間違いなく、この世の存在ではない黒い物体が、今前方に見えている。海水浴で黒い物体を見た刹那、その物体は溺れている人に近づいていった。黒い物体はまるで蜘蛛のように、人が溺れている海域まで水上をはっていく。
「早く、助けろ」
泡食って、大勢の人が泳いでいったが、Gさんはわかっていた。
「かわいそうだけど、あいつがいるからもう遅い」
ばたばたと溺れている人の手足に、黒いアスファルトのような物体がからみついた。
そして、化け物はその人の手足にまとわりついた。観衆の悲鳴と同時に、溺れた人は海中に沈んでいく。奴に黄泉の国に引きずりこまれたのだ。
「あいつは、あの黒い物体は、死神なんだ」
そう言うと、Gさんは自分の無力を悔やんだ。また一人、死神に命を奪われたのだ。
その後も度々、Gさんは黒い物体を見かけた。
映像でも、見た事があるという。ある時、強引な商法で業績を上げた会社があった。その会社の某人物をテレビで見た時の事。その人の後頭部に、黒い物体が付着しているのが見えたという。そして、その物体はまるで貝柱のような手足を伸ばし、後頭部から顔面に移動した。
「あぁ、この人やばいよ」
彼はテレビを見ながらつぶやいた。その物体は、笑顔でしゃべる人物の顔面を全て覆うと、ピタっと貼り付いた。そして、しばらく覆面のように貼り付いた状態を続け、次の瞬間に鼻の穴の中に消えてしまった。
「なっ、なんだ」
唖然とするGさんをよそに、その放送は続けられた。その人物はそれから数日後に死亡している。
やはり、あの黒い物体は死神だったのだ。
Gさんは今、ある有名な作家の顔に黒い物体を見ているという。本人が自覚しているかどうか不明だが、雑誌の誌面で顔を見た時に見えたのだという。
「この人も、近々死ぬな」
雑誌を見た時に、黒い物体が耳から出てきた映像が、まるでフラッシュバックのように頭に入り込んだのだ。
「僕は、死神が見えるんです」
そう言いながら、彼は悲しそうな顔をする。彼にとって、もっとも恐ろしい事は、やがて自分の顔に黒い物体を見てしまう、そんな人生最後の日が来るのではないかという事だ。
監修:山口敏太郎事務所