少年時代から鉄道が好きなWさんは、鉄道ファンとして育ち、そしていよいよ念願の駅員となった。
父親とその父親、つまり祖父も駅員であった。
鉄道会社の場合、代々鉄道マンという事が珍しくないという。
Wさんもそんな家庭に育った。いわば、鉄道マンになるべく育成されたサラブレットであった。
だから、Wさんが鉄道マンになって一番喜んだのは父であった。父親は酒を呑みながら、仏壇の祖父に手を合わせた。
「じっちゃん、○○もようやく鉄道に携わるようになった。あの世で、○○の行く末を見守ってくれよな〜頼むよ」
父親はさっぱりした顔でWさんに向き直ると、こう言い聞かせた。
「いろいろこれから大変だぞ〜。特に、マグロの処理はいやなもんだ。めしさえ食べられなくなる。だがな、人間の慣れというのはおもしろいもんで、そのうち、マグロの処理やった後で、焼き肉や牛丼だって食べれるようになる。まあそれぐらいになって初めて一人前の鉄道マンって言えるかもな〜」
「そうだな、オレもマグロだけは正直今からビビってるんだ」
「誰しも最初はそんなもんだ。無理だけはすんな」
マグロとは、列車に轢かれた礫死体の事である。
ミンチのようになった人肉。
それを回収するのも鉄道マンの仕事である。鉄道マンの仕事の中で、新人たちに精神的にきついプレッシャーを与えるのが、このマグロ(礫死体)の回収であり、酔っぱらいの吐いた嘔吐物(ゲロ)の掃除であった。
ご多分に漏れずWさんも最初は苦しめられた。
どうしても新人職員は花形の役割に眼が行きがちである。
(オレも早く、格好良い仕事がしたいもんだ。なんでこんな嫌な仕事、格好悪い仕事をやんなきゃいけないんだよ)
そんな気持ちで嫌々ながらも、マグロの処理や、ゲロの掃除に携わっていたという。
まあ若者であれば、ある意味仕方の無い事かもしれない。
だが、Wさんが仕事を始めて3年程経った頃には、マグロにも、ゲロにも何の違和感もなく接する事ができるようになり、人肉の回収もほいほいと気軽にやれるようになったのだという。
「まあ、客観的に人生を見れるようになりますよ。肉片になって線路の上に広く点在する人間を見ると、ある意味、人間の無力さを痛感しますよね。所詮、人間とはミンチにすぎないのですよ」
Wさんは、悲しそうに筆者にそう語った。
尚、Wさんによると、飛び込み自殺をする人はどこか独特のオーラを放っているらしい。まるで、死臭というか、全身から妙な磁場が出ているので、なんとなく分かることもあるという。
「一度だけぞっとしたのは、飛び込む瞬間をもろに、見た時ですね。その時はたまたま休みで、乗客としてある駅のホームにいたんですが、中年のしょぼくれたオヤジが飛び込んだんですよ。でもね、オヤジの体がふわりと宙に浮いた時に、オヤジの背中に黒い小人のようなものがしがみついているのが見えたんです」
まるで、西洋の絵画にある夢魔のような黒い小人がしっかりとしがみついていたというのだ。
黒い小人、果たして…それは死神なのであろうか。
監修:山口敏太郎事務所