また、昨季の成績を見ると、イチローは「俊足タイプ」から変貌しつつあるようだ。まず、1番バッターの勲章である『得点』が「74」まで激減した。イチローがヒットで出塁しても、後続のクリーンアップが不甲斐ないから本塁まで帰って来られないのだ。この得点効率の悪さは、チームに頼れる大砲タイプのバッターがいないことも表しているが、イチロー自身も出塁率、盗塁成功率も2年連続でダウンさせた。とはいえ、得点圏打率は相変わらず高い。こうした“近年の傾向”が『年間200本安打』の内訳も変えそうなのである。
「一時期と比べ、一塁ベースを駆け抜けるまでのスピードが遅くなった」
米メディア陣の1人がそう言う。これは個人の心象ではなく、MLBデータや対戦チームのアナリストの証言によるものだそうだ。「極端に足が遅くなった」という意味ではないが、今季38歳になる年齢的なものなのだろう。09年まで、イチローはバッターボックスから一塁ベースを駆け抜けるまで「3.7秒」とされていた。メジャーの左バッターの平均値が「4.1秒」だから、本当に足の速いバッターである。しかし、昨季は「3.8秒以上」と捉えられている。
この米メディア側の証言も加味すると、今後、イチローが内安打を量産する可能性は低い。おそらく、内野手の頭を越えるクリーンヒットを狙うバッティング・スタイルを強く意識してくるのではないだろうか。
09年、イチローが苦手としていた対戦投手はレッドソックスのベケット(18打数2安打)、ホワイトソックスのダンクス(18打数3安打)だった。しかし、翌10年、イチローを低打率に仕留めたのはメッツ・ロドリゲス(24打数2安打)、タイガースのJ・ベノア(34打数6安打)に変わっている。「苦手投手ができても、やられっぱなしで終わらない」のが、イチローの凄いところでもある。
昨季、出塁後のイチローを生かす2番打者として期待されたのが、エンゼルスから移籍していたフィギンズだった。そのフィギンズは極端な不振に陥ってしまった。イチローとの仲は「良好」とも聞いていた。しかし、
「エンドランやダブルスチールなど、今までになかった『イチロー・スタイル』も見られるのではないか?」
そんな地元ファンの期待は裏切られた…。
イチローの『得点』が一気にダウンしたのは、チームメイトの不振によるものである。
マリナーズはフィギンズを守備負担の多いセカンドからサードにコンバートさせ、打撃面での復活に期待を寄せている。また、大砲候補(クリーンアップ)として新加入したのがカスト。昨季まで在籍していたアスレチックスでは「対右投手用の指名打者」として使われてきた。パワーヒッター・タイプのわりには出塁率が高いが(3割9分5厘)、近年は精彩を欠いている。
マリナーズが「イチローのチーム」と賞されて久しい。特別扱いなる皮肉で使われるときもあるが、この10年間、高い数値での安定した成績を残してきたのはイチローだけであり、「そのイチローをどう生かすか」がオフの補強テーマでもあった。フィギンズ加入が決まった昨季は『イチロー&フィギンズ』のコンビで機動力チームになると思われたが、失敗。今季は、そのフィギンズに復活の期待を寄せ、同時にイチローを本塁に帰還させるクリーンアップ候補として、カスト、ミゲール・オリヴォが加入した。シアトルの地元ファンは02年以降、長くチームが低迷しているせいか、冷めた眼で見ているという。
フィギンズが立ち直らず、新加入の2人が機能しなければ、イチローを1番から3番にコンバートする構想も再燃されそうだ。もっとも、イチローは「1番の打順」に強くこだわりを持っているとも聞くが…。
オールスター戦が開催されるころには、優勝戦線から脱落、次年度の補強に向けたベテランの放出…。そんな体たらくが毎年繰り返されているのに、集中力が途切れないイチローの精神力はやはり並大抵ではない。アメリカではディケイド(10年)ごとに、権威あるメディアが10年間のベスト選手を表彰しているが、このなかにイチローが選出されるのは必至であり、殿堂入りも確実と思われる。
11年連続の前人未到の記録達成ももちろんだが、優勝争いの緊迫した場面で打席に立つイチローが見たい。
※外国人選手名などの方仮名表記は統一事例がありません。共同通信社刊「記者ハンドブック」の外国語用例集、及びベースボール・マガジン社刊『月刊メジャー・リーグ』を参考にいたしました。