試合中に説教するということは、腹に据えかねたのだろう。福留の発した「やるべきことをやれ!」の言葉は後の藤浪の糧となるはずだ。
「同情すべき点もないわけではない。福留の言う『やるべきこと』とは、一塁のベースカバーを怠ったこと。中日の3番・森野の打球は一・二塁間を襲い、打った瞬間、『抜けた』と思いました。二塁手・大和の好プレーで捕球されたものの、藤浪も『抜けた』と思い、本塁のベースカバーに走ってしまい、一塁のベースカバーに向かうのが遅れたんです」(プロ野球解説者)
福留が叱咤した理由はまだあった。藤浪は一塁のベースカバーで全力疾走していなかった。打球の勢いからして、二、三歩遅れたとしても、藤浪が全力疾走していれば、大和は間違いなく一塁に送球していた。「セーフ」とコールされたとしても、守っている野手は「何やってるんだ!?」と、シラケた気持ちにはならなかったという。
しかし、「阪神が本当に変わった」と思えたのは、福留の叱咤が終わった後を見たときだった。タイミングを見計らい、チームリーダーの鳥谷敬(35)も藤浪のとなりまで歩を進めてきた。藤浪は鳥谷がベンチ裏の控室に行くと思ったのか、道を空けるようにして一歩下がる。すると、鳥谷は抱き寄せ、グラウンドに目線を向けながら語り始めた。
福留が怒っていたのとは対照的に、諭すような口調だった。最後に「頑張ろう」と言って去ったが、藤浪は涙を隠すように下を向いていた。
「福留さんと鳥谷さんの話していた内容はほとんど同じですよ。福留さんは思ったことをハッキリと言う人なので、鳥谷さんが念押ししたというか、改めて同じことを説明し直したというか…」(関係者)
金本知憲監督でもなければ、担当コーチでもない。「怒るべきときに怒る」の憎まれ役を買って出ることのできるベテランが阪神には存在するのだ。
その後、16年目のベテラン、狩野恵輔が藤浪のとなりに陣取る。狩野は何も言わない。懲罰で応援を科せられた藤浪は味方打線に檄を飛ばす。時間にして、10分くらいだった。藤浪の心中を確かめたのか、狩野はポンと背中を叩いていつもの定位置に帰って行った。福留、鳥谷、狩野の3人の思いは藤浪に伝わったはずだ。おそらく、狩野は「厳しく出た福留と諭すように優しく出た鳥谷」を見ていたので、「自分はどう出るべきか、どうしたら、藤浪のためになるのか」を考え、見守ることにしたのだろう。
チームが強くなるにはベテランが必要…。球界でよく言われているが、若手を指導することとは、この日の福留たちの言動を指しているのではないだろうか。