前走、春の天皇賞もそう思わせた。それまでの実績からベストは2000メートル前後、3200メートルは明らかに長いと不安が先立ったが、結果は3着と健闘。池江寿調教師は何よりその中身を評価している。
「2周目の向正面で引っ掛かった。普通なら失速して大負けしても仕方ないのに、よく踏ん張ってくれた」
その後はここを目標に設定し、中間は短期放牧を挟み、リフレッシュされた。乗り込みも至って順調だ。
「天皇賞は厳しいレースだったけど、疲労も取れて、デキはさらに上向いている。馬体を見た感じも、首のあたりが太くなってたくましさが出てきた」。そんなところにも晩成のDNAが見え隠れする。
父は宝塚記念で1998年2着、99年3着。母の父は93年に圧勝している。ドリームジャーニー自身は春のグランプリ初出走だが、阪神では重賞3勝と最も得意にしている。
実際、前々走の大阪杯はディープスカイを差し切った。「あの時は相手が59キロだったから」と師は謙そんするが、もちろん胸の内は違う。「とにかく、自分のリズムを崩さず、末脚に懸ける。スムーズなら結果はついてくる」と若きリーディングトレーナーは言い切った。
【最終追いVTR】池添騎手を背に、DWコースで単走。6F83秒7、上がり3F39秒1→11秒8(一杯)をマークした。道中は相変わらず回転の速いフットワーク。直線ではビシビシと追われ、グイグイと脚を伸ばした。レース当週の不良馬場でこれだけやれるのは、充実著しい証しだ。