ある夜のこと、A子さんは郊外の深夜スーパーに買い物に出かけた。
車を駐車場に停め、買い物を済ますと、妙な男の存在に気がついた。
駐車場の入口付近から凶悪な男がこっちを見ている。
(なんなの、あの男。危険な奴だわ、きっと犯罪者よ)
身の危険を感じたA子さんは、車を急発進させた。
すると男は慌てた様子で追いすがった。
「おっ、奥さん待ってくれい!!」
「きゃー!」
悲鳴をあげながら、A子さんは男を振り切った。
もんどりうって倒れる男。
すると男は自分の車に乗り込み、A子さんの車を追跡し始めた。
(だめよ、ここままでは追いつかれてしまう)
A子さんは必死に車を飛ばした。
(もう少しだわ、自宅にはうちの夫がいるはず。早く自宅まで逃げなきゃ)
A子さんは自宅まで猛スピードで走り抜けた。
そして、自宅に到着するとクラクションで夫を呼んだ。
緊急事態だと察知した夫が飛び出してくる。
A子さんは車の窓から身を乗り出して叫んだ。
「あなた、変な男が私の後をつけてくるのー」
「よし分かった。今、後から来た車だな」
夫は、A子さんの車を追跡してきた男に猛然と抗議した。
「君はいったいなんなんだ」
「私はただ…」
「ただ…なんだ!!」
「ただ、奥さんの車の後部座席に刃物を持った男が乗り込むのを見たので、知らせようとしただけですよ」
はっとして、振り返るA子さん。
そこにはよだれを垂らし、刃物を持った男がうすら笑いで座っていた。
本当に危険な男は自分の車の中にいたのだ。
(山口敏太郎)