「お前さあ、昨日見かけたよ」
「おとといJさん、新宿にいたでしょう」
自分に身に覚えがないのに、Jさんはよくこんなことを言われる。あまりに頻繁に言われるので、
(ひょっとしたら、俺と同じ顔をした奴がいるのかもな〜)
最近ではそう思うようになっていた。
そんなある日、仕事帰りのJさんは駅から自宅までの道で、自分にそっくりの男を見かけたのである。よく見ると背広や歩き方も似ている。
「確かに俺に似ているな。あいつが、噂の偽物か?」
Jさんはそっとその後をつけた。
(くそー、化けの皮をはいでやる)
Jさんは懸命に男の後を追った。するとだんだんとJさんの家の方に向かっていく。
(こいつ、いったい何をするつもりだ)
不安になるJさんをよそに、ついにその男はJさんの自宅に入っていったのである。
(そうか、分かったぞ。俺になりすまし、家族を油断させる強盗なのか!!これはいけないぞ!!家族が危険だ)
Jさんは必死になって家へ駆けこんだ。それを見た奥さんはこう言った。
「あれっ、さっき帰ってきたと思ったのに、いつまた出ていってたの?」
呆然とするJさんが、家中どこを探してもその男はいなかった。
果たして、あれはJさんの分身だったのであろうか?幻覚であったのだろうか?
その日以来、Jさんは自分より分身が先に帰宅したら、家族を乗っ取られるのではないかと不安でいたたまれないという。
(山口敏太郎)