今季31試合の先発ゲームを振り返ってみると、クオリティースタート(6回を3失点以内/以下=QS)が25回。QSは「ゲーム主導権を握る」。前田が投げた試合は、8割強の確率でゲーム支配できる−−。それは大きな『プラス材料』である。今季の完投試合数は「4」。昨年は「6」。単に「減った」というよりも、初完投は18試合目だった。エンジンが掛かるのがかなり遅かった。前田自身、初完投となった8月2日(横浜戦)、「早い回(マウンドを)下りたり、情けない登板が続いていたので…」と“反省”していたように、前半戦は調子がイマイチだった。
奪三振数こそ「174」から「192」にアップしたが、勝ち星、防御率、自責点等の数値は落ちた。極端に悪くなったわけではないが、「成績ダウン」の理由には、主に2つのことが考えられる。
1つは『統一球』への適応が遅れたこと。オープン戦最初の登板となった3月2日(中日戦)、「被安打2、与四球3、失点3」と振るわなかった。調整の時期とはいえ、『与四球3』が首脳陣の表情を曇らせた。前田が1イニングに3つの四球を出したのは08年8月以来で、前田は「少し滑る感覚がありますね」と“違和感”を口にした。キャンプ、紅白戦で『統一球』に触れていたはずだが、ファールやワンバウンド投球の度に、球審が新しいボールを渡す。前田はその『下ろし立てのボール』だと、「手に馴染まない」と漏らしていたのだ。以後、前田はロージンを多めに手につけるなどして、下ろし立てのボールに適応する方法を模索した。今季、カーブ、スライダー等の変化球が抜け、ボールカウントが先行するシーンがあったのは、下ろし立ての統一球による違和感である。
2つ目の理由も『違和感』だ。そもそも、前田はカープの伝統的な練習に馴染めない部分もある。広島球団の練習量が12球団トップなのは今さらだが、前田は大量の投げ込み練習を嫌う。もちろん、ブルペンでの投球数を重ねて仕上げていく投手もいるが、前田のいつも投球練習は少なめ。走り込みや基礎体力トレーニングで仕上げていくタイプなのである。統一球への適応が遅れたのもその影響だろう。しかし、それ以上に前田の調整を遅れさせたのは3月中旬、「下半身の違和感」を訴え、オープン戦の登板を回避。このころ、セ・リーグは3月25日開幕の日程を強行するか否かで揺れていた。すでに開幕投手を告げられていた前田は「強行日程」を想定し、故障明けに急ピッチで仕上げている。
この突貫工事のような“最後の駆け足調整”が、前半戦の調子を落とさせた…。
球宴以降、本来の投球を取り戻した。だが、完投能力の高い前田がリリーフ陣の助けを借りなければならなかったのはこうした『違和感』の連続によるもので、野村謙二郎が期待していた投球内容とは程遠いものとなってしまった。首脳陣が求めていた投球内容がかなり高かっただけに、査定では厳しいことも言われそうだ。
今年の沢村賞には田中将大(23=楽天)が選ばれた。ノミネートされたのは田中、ダルビッシュ有、吉見一起の3人だったが、実質は「田中とダルビッシュの一騎討ちだった」と聞いている。同賞選考委員長の土橋正幸氏は選出基準の1つである「完投試合10試合強」の改定も示唆していた。氏によれば、指名打者制の有無で、打席に立つセ・リーグ投手は代打を送られるケースが多く、完投試合数が稼げないからだという。一理あるが、選考基準が本当に改定されたら、セ・リーグ投手はハンディを与えられたようなものだ。前田には「このオレがもう1度、沢村賞を!」の気迫を見せてほしい。こちらが掴んだ情報では、球団は厳しい査定を突きつけるという。それは前田への期待の大きさでもある。(スポーツライター・飯山満)