自然豊かな四国の徳島で、小学校から高校までともに過ごした旧友の一人だ。エネルギッシュで、「スポーツはなんでもござれ」の男だったと記憶している。特にテニスが上手な男で、大学にもテニスのおかげで入学したほどの腕前であった。
このNくんから聞いた話である。
Nくんは中学の時、私に妙な話を語ってくれた。
その怪談は今も忘れることができない。
「おい、稲荷が徳島にあるの、知ってるか?」
「…?どういうことだ」
意外な話であった。
広く知られているように徳島は「化け狸」の町で、狐の祠(ほこら)やお稲荷さんにはあまりお目にかかれない。伝説では弘法大師が四国から狐を追い出したことになっているという。
不審に思う私を横目に見ながらNは続けた。
「○○に稲荷があって、そこは婆さんが一人で守っているんだ」
「婆さんが…」
「そう。しかも、目が片方しかない婆さんだ。俺らはその婆さんを『狐ばあさん』と呼んでいる」
Nは珍しい話を披露できたからか、少しばかり得意げに見える。
「ある時、その婆さんの枕元に狐が出てきた」
「……」
周囲にはいつの間にかクラスメート数名が集まっていた。
Nはかまわず続けた。
「その狐が言うには、明日は油揚げが食いたいので用意しておけって言うんだ」
「それでどうなった」
周囲の友人は興奮気味だった。
「次の日の夜、稲荷の近くにある婆さんの家の戸をたたくものがいた。開けてみると一匹の狐が座っていたらしい。婆さんはお稲荷さんの使いだと思い、油揚げを差し出すとその狐は油揚げを口にくわえ、姿を消したというわけだ」
徳島唯一の稲荷のご利益や、狐ばあさんの現状など、詳しいことは分からなかったが、今も記憶に残っている青春の一幕であった。
(山口敏太郎)