この映画の舞台は円の価値が高騰した架空の日本となっている。そこには一攫千金を狙う密入国者達が溢れており、住み着いた外国人達は、街を“円都(イェン・タウン)”と呼んだ。その円都に住み、日本人が蔑称で“円盗(イェン・タウン)”と呼ぶ違法労働者たちが、この作品の物語の中心となる。
主要キャラはCHARA演じる上海出身の娼婦・グリコ、伊藤歩演じる母親を失った円盗二世の少女・アゲハ、グリコの恋人である三上博史演じるヒオ・フェイホンの3人で、主のこの3人の視点で本編の物語は進んでいく。ちなみに、公開当時は子供の偽造紙幣使用などが問題となり、映倫がR指定をかけていたが、そのシーンはそれほど強烈には描写されていないので、初めて観た人は肩透かしを食らうかもしれない。
この作品、本編中にとにかく色々な出来事が起きる。序盤は、突発的なヤクザの死をきっかけに偽造紙幣の製造法を入手し、それを利用してのし上がる物語となる。そこから音楽メインの話になったかと思うと、円都のギャングが絡んできてきたり、今度はアゲハが偽造紙幣を使って金を強奪するなど、緊迫感や笑い所をごちゃ混ぜにしつつ忙しく話が動く。しかも英語、中国語、日本語が飛び交う無国籍感のある世界観で、これが絶妙にマッチして、なんとも言えない中毒性を与えており、何故か作品に引き込まれてしまう。
しかし、一つ一つのシーンを切り取れば、実はそこまで良い作品とは思えないのだ。偽造紙幣の件は政府がさすがにあんな長期間放置しないと思うし、射殺シーンの直前にやけに無駄な会話が多い点など、「早く撃てよ、なにやってんだ」と感じる。とりあえずイカれたキャラを出しておけば話は盛り上がるだろうと、殺し屋役で渡部篤郎や、エキセントリックな娼婦役で大塚寧々を出したりと、安直な狙いも気になる。移民がひしめく貧民街という設定を上手く使っていない気がするのだ。洋画のマフィア映画や、高倉健主演の『山口組三代目』などのように、貧民街や暗黒街で繰り広げられる、残虐劇や友情、またはのし上がり劇に中心を置いていないのは理解するが、そこを譲ってもなお薄っぺらい感じが否めない。
それでもこの映画は、いい作品だとは思う。音楽の使い方は文句なしに良いし、CHARA(グリコ)の歌い出すシーンはどれも印象に残るカットになっている。というより、この映画の薄っぺらい部分は、劇中BGMや劇中歌を上手に使った世界観の演出の良さでかき消され、全体を見れば気にならないレベルになってしまっている。多分、1回観た程度ではアラは全く気にならないと思う。2回目以降も特に気にして見なければ、おそらく何度もこの映画の雰囲気の心地よさを楽しめるはずだ。また、「移民」という題材を使っているのにも関わらず、変に押し付けがましいシーンもないのも、この作品では良い方向に働いている。
冒頭でオシャレな映画と言ったが、この映画、とにかくグリコを取り巻く世界感がいいのだ。それこそ、この作品全体が作中に登場する「YEN TOWN BAND」の音楽PVかと思うほどに。
YEN TOWN BANDは作中でグリコを中心に結成された架空のバンドとなっているが、現実でも、音楽プロデューサーの小林武史氏のプロデュースにより、同名バンドで実際にアルバムとシングルをリリースし、好調なヒットを記録した。その点で言えば、この映画のグリコ役としてCHARAをキャスティングし、歌わせた事が出来た時点で、8、9割完成している。世界観はハッキリ言ってなんかよくわからないのに、CHARAの存在感と、音楽のを絡めた映像の雰囲気だけで、この映画を印象深いものにしている。群像劇気味な本作だが、その中でも主役級の扱いがアゲハとグリコだとは思う。さらにメインとなるのは登場シーンの尺的にアゲハだとは思うが、シーン個々の目立ち方だとグリコの方が圧倒的だ。それほど、CHARAの存在がこの作品では強烈なのだ。
特にCHARAのファンでなくても、とにかくグリコのシーンが良い方向で頭に残る。グリコの生き別れの兄という設定の江口洋介演じるギャングのリーダー・リョウ・リャンキや、前記したヒオ・フェイホンにも見せ場は多々あるのだが、「ちょっとこれは…」と思ってしまう、薄っぺらく、安っぽいシーンもあり、微妙な印象を持ってしまう。そういったシーンはアゲハにも娼婦の仕事をやっている時などにあるのだが、それでも他の2人ほどにはマイナスイメージにはならない。これはもうCHARAがこの映画の空気感に合っていたとしか言い様がない。逆にアゲハは淡々の行動しているシーンが多く、印象に残りづらい。この映画が、このなんとも言えない絶妙な雰囲気はやはりCHARAあってのものだろう。
ただ、映像や世界観のクセは強いので、馴染めない人はそれなりにいるので注意だ。ただ、「移民」という題材は使っているが、それほど説教臭くもなく押し付けがましくもないので、その辺りは安心していいと思う。どこかヨーロッパのオシャレ映画っぽい作りなので、ちょっと雰囲気の違う邦画を観たいという人にはこれ以上のものはそうないと思う。あと、映画から20年を経て、中国経済が強くなり、中国人が日本に観光して電化製品を買いあさっている今現在この映画を観ていると、別の感情も湧いてくるかもしれない。
(斎藤雅道=毎週金曜日に掲載)