時代は昭和33年2月13日にさかのぼる。
越冬隊11人が乗った日本の南極観測船「宗谷丸」が米国のバートン・アイランド号に曳航されながら南極海を脱出し、外洋に向かっているときのことだった。
その時、「宗谷」のブリッジでは、松本船長、航海長、機関長、航海士、操舵員たちがくつろいでおり、和やかなムードにつつまれていた。
時間にして、ちょうど午後7時頃。宗谷丸とバートアイランド号の間の水面上に、何か黒い物体が浮かび上がったのだ。
その物体と宗谷丸の距離は約300メートル。どうも動物のようである。
アザラシか?だがすこし大きすぎる。
「あそこに、何かいるぞ〜」と、松本船長は興奮しながら、指さした。皆の視線がその物体に集中した。そのうち一人が冷めたように言った。
「あれは〜先行するバートン・アイランド号が捨てたドラム缶じゃないですか」
しかし、松本船長は冷静沈着であった。
「考えてみろ!この風速7、8メートルの中で、空の缶が海面でまっすぐ立つはずがないではないか。みんな、よく見るんだ!」
ところが次の瞬間、衝撃的なことが起こる。
奴が動いたのである。
(ぐるり)
その怪物がいきなり宗谷丸の方に顔を向けたのだ。
「それ見ろ、みんな!!あの巨大な顔や、大きな目玉が分からないのか!もの凄く大きい動物の顔じゃないか」
この瞬間、宗谷丸は大騒ぎとなった。全員で必死で怪物の動きを追った。当直航海士はすぐ手元の双眼鏡で、詳細に確認した。常にブリッジには双眼鏡が備えられているのだ。
一方、機関長は大急ぎで、自分の部屋へカメラを取りに行った。
だが、大急ぎで戻ったときは、もう、怪物は船の死角に入り、撮影できなかった。
怪物の特徴は、頭の長さが70〜80センチ。前から見ると牛のようにも見える。また頭の天頂部分が丸く、顔も見ようによっては猿のような感じもした。全身を覆った体毛は黒褐色で、10センチの長さ。大きな目、とがった耳。肩あたりから上を海上に出していた。
当時船首部でもうひとり、電気係の機関士も見ていた。彼の話は貴重である。
怪物の背中には、のこぎり型のひれが縦に並んでいたと証言しているのだ。
南極周辺の動物を頻繁に目にしている宗谷丸の船員が、鯨やアザラシと見間違えるとは思えない。どちらかと言うと、陸棲動物のようだったらしい。
同船に乗船していた観測隊員の生物担当・吉井博士氏が目撃談を総合し、正体が何か結論づけようとしたが、とうとう怪物の正体が何だったのかは謎に包まれたままだった。その後、怪物は”南極ゴジラ”と命名され、本家東宝のゴジラスタッフにも大いに影響を与えたと言われている。
ちなみに筆者の友人T氏が、松本船長の遺族に南極ゴジラの話を聞いたところ…松本船長は目撃事件の後の航海が大変で、この目撃事件を忘れていたという。
だが日本では宗谷丸からの外電により、”宗谷丸、怪物に遭遇す”は大きな話題となっていた。そして、松本船長は、帰国時の記者会見で怪物遭遇事件について質問され、やっと南極ゴジラのことを思い出したという。
(監修:山口敏太郎事務所)