この妖怪についての伝承や資料は 少なく、布団の様なものが何処からとも無く飛来して、顔面に被さって窒息させる妖怪である。柳田国男著『海村生活の研究』には、「(布団かぶせは)フワッと来てスッとかぶせて窒息させる」という記述がある。猿候庵によって江戸時代の名古屋市井の出来事を綴られた『猿候庵日記』の中に布団にまつわる不可解な事件が愛知県名古屋市で起きたと記述がある。「この布団の怪異を布団かぶせという妖怪だ」と考えている人もいる。
「文政5(1822)年9月3日 晴、未の刻比、橘町(名古屋市中区)妙善寺の松の木へ空より小布団一つ落来て、木枝の高きほうに敷きたる如くに掛かる。比日、空晴て風少しも無し。奇なることとて、諸人あやしみ見たり。夫より布団下ろしてみれば、町内の何屋とかいふ家の布団有し由。予、其節、通りかかりしに、事過て其様子見ず。見物数多、評判ぎて帰る所也。夫故、詳しくは不知ども、実に怪しき事なり」とある。
現代のように高層建築物も無いので、干していた布団が滑り落ち、松の木枝の高い所に引っ掛かることはない。さらに寺社仏閣の松の高い枝に敷いたように掛ける という罰当たりな行為をする悪戯者などもいないだろう。この現象を目の当たりにした人達は不可解な現象と思ったに違いない。
当時の人々はエコな生活を送っており、着物や道具も新品を新調するのも稀で、古着屋・古道具屋を利用し、物を大切に扱い長持ちさせていた。何年か経た布団が妖怪化して「付喪神」となった可能性もある。また、布団に人の念が宿って、成仏したいという願いで、寺に飛来したかもしれない。このように布団にまつわる怪異は、小泉八雲著『怪談』に収録されている『鳥取の布団の話』という物語の中で、幼い兄弟の霊が布団に乗り移った話もある。
(写真:「妙善寺」愛知県名古屋市中区橘町、鳥山石燕『百器徒然袋』より「暮露暮露団(ぼろぼろとん)」)
(皆月 斜 山口敏太郎事務所)