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ワシントンの斧は原型をとどめているのか?(4)

 アメリカの冗談めいた慣用句に「ワシントンの斧」がある。それは、新品同様の斧を示しつつ「これはワシントンが桜を切った斧なんだ、ただ斧頭も柄も楔も取り替えてるけどね」という内容で、哲学的難題である「テセウスの船」のもじりだ。もちろん、これは父が大事に育てていた桜を切り倒したワシントンが、後でそのことを隠さず伝えた美談をもとにしていて、かつそれが全くの創作であったことを踏まえている。

 ワシントンと桜のエピソードはメイソン・ロック・ウィームズが著した『ジョージ・ワシントンの生涯と記憶すべき行い』という伝記に登場するもので、後に「アメリカで聖書の次に売れた本」と呼ばれるほどの売れ行きだった。また、ウィームズは1825年に亡くなったが、彼のワシントン伝はその後も売れ続けた。ただ、ウィームズのワシントン伝には数多くの創作実話が盛り込まれているが、それらの多くは忘れ去られたり、あるいはジョークのタネになっている。桜のエピソードが突出して広まっていることから、ウィームズの伝記のみが原因とは言えないのだ。

 研究者によると、ワシントンと桜のエピソードをアメリカ社会に定着させたのはウィームズのワシントン伝ではなく、そこから問題のエピソードを収録した1836年の文法教科書とされる。問題の教科書を執筆したウィリアム=ホームズ・マクガフィは、教育において偉人の偉大なるエピソードを子供たちへ伝えることが重要と考えていた。驚くことに、マクガフィの教科書はほぼ100年にわたって全米各地で使われ、累計発行部数は120万部にも達したとされる。

 捏造されたものであることは19世紀末に判明していたほか、ウィームズが書いたワシントンの伝記からは他にも創作が含まれていることが明らかとなった。だが、既に教科書という強力な手段でアメリカ社会に深く浸透しており、現在でも真実と疑わない人が少なくない。

 創作実話によって真実とは異なる姿に置き換えられたワシントンの人間像は、原型をとどめているのだろうか?

(了)

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