「私が働いている時に思ったのは、自分より下に見ている女の子に対してのセクハラを行う客が多いんじゃないかなってことです」
新人の頃は慣れない仕事により隙が生まれ、おとなしそうに見える和美へのセクハラは多かった。しかし自分磨きや自信を身につけ、この行為をしたら嫌われるかもしれない、この嬢の前にはかっこよくいたいと思わせるような接客で、主導権を握ることができるようになるとセクハラは激減したという。
「それでもセクハラ行為をしてくる人には“○○さん触ってくるような人には見えなかったのにな。せっかくカッコイイのにもったいない…”と言ったりして切り抜けてましたね」
しかしある日、そんなテクニックがまったく通用しない客が和美の前に現れた。
「あれはたしか5月頃の、外はもうすっかり暖かくなり薄着で十分な日だったと思います。全身をロングコートに身を包んだお客さんが来店したんです」
真夏に厚着をしている人も街ではたまに見かけるため、その時はさほど気にすることのなかった和美。だがそのコート男の様子は普通の客とは違った。
「まず席についてから、あいさつをしても一切私の顔を見ないんです。こちらが何か質問しても暗いトーンで返すばかり」
しばらくすると客は自分のコートの片側だけ捲った。その下は何も服を着ておらず、嬢だけに見えるよう、そそり立った下半身を見せつけてきたのだという。その時、客は初めて和美の顔をまじまじと見てきた。
「さすがにヤバイと思ったのですが、ここで大声を出すと何をされるかわからない」
そこで和美は「トイレに行かせてください」と席を外し、ボーイに事情を伝えた。店側はすぐに警察を呼び、客は捕まったのだった。
「今までキャバクラは話術さえ身に付ければ、やっかいな客は切り抜けられると考えていました。でも完全な変質者が現れたらどうすることも出来ないですよね」
今回はまだ店の中だったので助かったが、もしも帰り道、ストーカー客に1人の所を襲われたとしたら…と店で働くリスクを考えてしまった和美は夜の世界を棄てた。キャバを辞めたら犯罪に巻き込まれないという確証はないが、それを少しでも軽減させるため、現在は昼にある会社の事務員として働いているという。
(文・佐々木栄蔵)