「キャバクラ時代は、お客様のどんなお話にも嫌な顔せず、興味のない政治も勉強したりして必死にがんばってきました。昔から学校のテストもスポーツも1番を取ったことなんてなかったので、店でナンバー1になれた時は本当にうれしかったですね」
美羽はナンバー1になるための努力を欠かさなかった。客の顔はもちろん、仕事先、趣味志向、なんと誕生日までをすべて暗記していた。仕事を終えると忘れないうちにその日来た客の身体的特徴と詳細をメモに取る。そして寝る前に再びメモを開き、必死でその情報を頭に叩き込んでから体を休めるという生活が続いた。せっかく手に入れたナンバー1という地位。その居場所を簡単に手放すわけにはいかなかったのだ。しかしそんな日々も長くは続かない。
「精神的に限界が来てしまったんですね。出勤以外の日も、お客さん達がどうしたら喜んでくれるか、どのようなことを勉強すれば私に興味を持ってもらえるのだろうと、起きている間はずっとそんな事を考えていました。それで、ふと思ってしまったんです。この仕事を一生続けれるわけじゃない。そろそろ身を引こうって」
多くの欲望が渦巻く夜の世界はメンタルの強さも重要視される。自分は大丈夫と思っている人間でも、ある日突然、何かが音を立てて崩れていく瞬間が訪れるかもしれない。
精神的な苦しみと将来の事を真剣に考えはじめた美羽は夜の世界を棄てた。その後、キャバクラ時代に貯めていた貯金でネイルサロンをオープン。今では経営者として都内で働いている。
(文・佐々木栄蔵)