これには伏線がある。トヨタは2012年1月、グループ企業のトヨタ車体と関東自動車工業を完全子会社化した。しかし、ここへ来て浮上した再編構想はスケールが違う。軽自動車のダイハツ工業(トヨタ51.1%出資)、トラックの日野自動車(同50.1%出資)など過半数の株式を保有する企業だけではなく、16.4%を出資する富士重工業、さらには5.8%出資のいすゞ自動車まで呑み込むという野心むき出しの計画なのである。
「実は去年の暮れごろから密かに業界内で囁かれていたのですが、内容が壮大過ぎるため眉にツバする向きが少なくなかった。最近になって一部メディアで報道されたのを機に『あの御曹司が仕掛け人ならば、ひょっとして…』との見方が広まってきた。しかし、名指しされた企業だってトヨタとの付き合いには濃淡がある。それを無視し、資本の論理を全面に出したら返り血を浴びかねません。それこそ、ウクライナ騒動の再現です」(ライバル社幹部)
ご承知のようにトヨタは2013年の世界販売実績で998万台を達成、GMやフォルクスワーゲンを抑え2年連続で「世界一」の勲章を手にしている。その余勢を駆って今年は1032万台の目標を掲げ、消費税増税の影響が危惧されるとはいえ、3年連続の世界一に向けてスタートを切ったばかり。そんな光輝く同社に、なぜ世間が目をむくシナリオが公然と囁かれるのか。
「一連のアナウンスは御曹司の周辺から出ているのがミソ。要するに豊田章男社長の意向を汲んだ周辺筋が意図的にリークしているフシがあるのです。実際、『トヨタは富士重工を完全子会社化し、スズキも買収してしまえ』と激烈なエールを送った評論家さえいる。見返り期待かどうかはともかく、世の中には御曹司を『男にしたい』と切に願い、そのためには汗をかくことさえいとわない面々が少なくないのです」(トヨタOB)
ここに言う章男社長の“応援団”が見据えているのは「次の次の財界総理に他ならない」と、このトヨタOBは指摘する。
「経団連会長は2期4年が通例で、5月に就任する東レの榊原定征会長は2018年で任期が切れる。その後釜に章男社長が座れば2020年の東京オリンピックを“財界総理”で迎えられる。この勲章を確実なものにするためには、完全子会社化ラッシュでトヨタ王国の圧倒的存在感を見せ付ける必要があるのです」
東京五輪に向けての布石も打っている。豊田社長は昨年11月、経団連が新設したスポーツ推進委員会の委員長に就任した。オール財界を挙げて東京五輪を支えようとの狙いで、豊田委員長は東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の副会長に就くことが、ほぼ決まっている。現在、同委員会の会長は森喜朗元総理だが「開催は6年後。年齢的に途中交代もある。そうなれば章男社長が経団連会長兼務で組織委の会長に就く場面もある」(財界関係者)
実は当初、東京五輪組織委の会長に推されたのはトヨタの張富士夫・名誉会長だった。年齢などを理由に固辞したことから森元首相が就いた経緯があり、2020年には章男社長が最大のスポンサーとして“五輪の顔”になっていたとしても不思議ではない。
問題はそこに至る道筋だ。完全子会社化と簡単に言うが、これには膨大な資金が要る。
3月12日時点でダイハツの時価総額は7355億円。完全子会社には現在の保有株を差し引いても約3680億円が必要だ。時価総額8693億円の日野自動車にも4386億円の大枚が欠かせない。まして富士重工に至っては時価総額2兆1794億円、いすゞも時価総額1兆537億円とケタ外れ。たとえ株式交換の荒業を駆使したとしても、4社の完全子会社化には「少なく見積もっても3兆円超のビッグマネーが必要だ」と、M&Aに詳しい投資ファンド関係者は打ち明ける。いくら“トヨタ銀行”の異名を取る同社とはいえ、そう簡単に調達できる金額ではない。
「それでも御曹司の強いリーダシップの下、奇策を弄して買収に走る可能性はあるが、相手企業が簡単に軍門に下る保証はない。特に役員を送り込んでいない富士重工、いすゞの両社は激しく抵抗するでしょう。これをどう攻略するか。下手すると東京五輪開催時の財界総理どころか、世論の集中砲火を浴びて失脚しないとも限りません」(前出・トヨタOB)
周囲をイエスマンで固め、聞き心地のいい情報にばかり接しているといわれる“御曹司”だが、その傲慢さが世間に露呈するのも時間の問題か。