『静かなるドン』は1989年に連載開始され、単行本の累計発行部数が4000万部を突破する長寿作品である。長寿作品としては『こちら葛飾区亀有公園前派出所』や『ゴルゴ13』が先輩になるが、これらはオムニバス形式である。『静かなるドン』はストーリー物であることが特徴である。
この巻では新鮮組一の武闘派である鳴戸竜次率いる鳴戸組と、鬼州組の骨手牛昇や獅子王親衛隊が激突する。骨手牛は登場時の単行本のキャラクター紹介で「鳴戸と対抗できる唯一の男」と紹介されていた。その鳴戸と骨手牛の対決では骨手牛が圧倒的な強さを見せつけた。
鳴戸は新鮮組内で数少ない静也の理解者であり、物語の前半では何度も静也の危機を救ってきた。転生寺の戦いで静也を守ろうと奮闘したシーンは感動的である。しかし、今回は鬼州組との対決を望まない静也の意に反して、龍馬の誘拐を強行しようとするなどトラブルメイカーになった。強さだけでなく、キャラクターとしても霞んでしまった感がある。究極的にはヤクザの消滅を願う静也と、あくまで男を売る稼業に生きる鳴戸や龍宝国光との溝がどうなっていくのかも注目である。
一方、鬼州組七代目となった白藤龍馬は幹部会で、自らの敵が世界の影の支配者である世界皇帝であると明らかにする。龍馬曰く、世界はグリードキン家とドレーク家という二つの富豪一族によって、何百年間も支配されてきた。彼らは国家権力をも操る存在である。これはロスチャイルド家やロックフェラー家、フリーメーソンなどの陰謀論を下敷きにしている。
これは荒唐無稽な陰謀論と見ることもできるが、『静かなるドン』ではヤクザの背後には権力者(政治家や企業)が存在し、利用しているという発想が底流にある。第8巻の「真の敵」には「あんたはいつも『ヤクザ』を利用するのは『政治家』と言っとるが、その『政治家』を利用するのは『企業』じゃ」という台詞が存在する。物語初期から黒幕のイメージが存在していたことは興味深い。『静かなるドン』はギャグの印象が強いが、ストーリーも練られている。
強大な影の支配者と戦うというストーリーは漫画的には正統である。しかし、『静かなるドン』はさらにひねっている。支配者と戦おうとしている者は主人公ではなく、主人公のライバルである。主人公は「静かなるドン」と称されるように戦おうとしない。反対に龍馬の企てを無謀と考えている。誰が正義で誰が悪か、何がハッピーエンドなのか展開が読めない作品になっている。
第97巻にはスピンオフ作品『エピソード0 妙の眼鏡』も収録されている。これは連載1000回を記念した特別編で、静也が三代目を継承する前の就職活動中の頃を描いた。本編では死亡してしまった小林秋奈ら懐かしいキャラクターも登場している。
(林田力)