『冷たい太陽』(鯨統一郎/原書房 1800円(本体価格)
犯罪、という単語は私たちにとってすっかりなじみであり、普段何の気なしに使っている。しかしその中身について考えてみると、いかに無数の種類があるかあらためて気づかされる。窃盗と殺人を同じものと捉える人はいない。なのでフィクションの世界でもさまざまな犯罪が取り上げられることになった。
誘拐もので有名な映画といえば1963年に公開された黒澤明監督『天国と地獄』を最初に挙げる人が最も多いだろう。'91年公開の岡本喜八監督『大誘拐 RAINBOW KIDS』もタッチはシリアスではないが名作であることは間違いない。
さて本書『冷たい太陽』はまさしく誘拐を真正面から取り扱ったミステリーだ。健康食品の輸入販売会社社長・高村謙二は苦悩を募らせていた。1週間以内に5千万円を作らなければ会社はつぶれるのだ。気分はふさぐ一方で、出社する気にもなれず自宅に引きこもっていた。そこへ唐突に電話がかかってくる。娘の美羽を幼稚園から誘拐した、返してほしかったら5千万円を用意しろ、という内容だ。電話の主はボイスチェンジャーを使っているのか妙な金属質の声でしゃべっていた。警察に言えば美羽を殺す、という犯人。謙二は高村家の預金、会社の金に加え、離婚した元妻からも借金し、猛スピードで用意をする。しかし、難題は解決しない。犯人が要求してきた身代金の受け渡し方法は、あまりに突飛であった…。
鯨統一郎は現在活躍しているミステリー作家の中で才人の呼び名にふさわしい一人。どの作品においても必ず読者を驚愕させる。ラストのサプライズでびっくりしたい、という読む側の欲求を決して裏切らないのだ。もともと、既成の歴史観を覆す小説で注目を集めた人であり、着想自体がぶっ飛んでいる。本作も、今までに全くない誘拐ミステリーに仕上がっている。
(中辻理夫/文芸評論家)
【昇天の1冊】
隔月刊の女性向けコミック『DVDルージュ』(サニー出版)は、SM&調教体験コミック誌。定価1400円と雑誌としては高額な部類に属するのは、付録DVDが2枚付きだからだろう。AVメーカー“ベイビーエンターテインメント”の人気シリーズ『女体拷問研究所』などを長尺で収録しているのが目玉の一つ。
コミックの方は告白手記を基にした体験漫画が満載だ。8月号は「ボンデージ特集」というだけあって、縄・ラバー・手枷足枷と、緊縛プレイがこれでもかと掲載されている。
男性向けH漫画のほぼ全てが“萌え系”の絵柄と化してしまった中、むしろ女性向けコミックの過激な描写こそ、かつての官能劇画を思わせる。同誌の読者は、実際にはかなり男性、特に中高年層が多いのだろう。1970年代に一世を風靡したエロ劇画を彷彿とさせ、オヤジ世代にとっては“懐かしさ”さえ漂ってくる漫画が多い。
ただし、女性読者が書店等で購入しやすいよう、表紙には外国人男女のモデルを起用し、裸体や下着の写真も一切使用していないところがミソ。見出しにはSM用語が満載だが、一見するとエロ本には見えないのだ。どれだけ女がスケベになったとはいえ、あまりにエゲつない写真を使った表紙では買うのに躊躇するというわけだ。
体裁を重んじる女性の“見栄”に配慮した表紙と、中身の過激さのギャップが面白い。思うに女が密かに隠し持つ“性”とは、そうした二面性を持っているのかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)