民進党“次世代のエース”と言われた細野氏だが、2017年8月に離党届を提出。「裸一貫、1人で立ち上がる決意をした」と新党結成を打ち出してから1年半の月日が流れた。民主党政権では原発事故担当相や環境相を歴任し、党務でも幹事長や政調会長を務めた経歴の持ち主である。
さぞかし有能な政治家である一方、“見事な”スキャンダルがいまだに付きまとう細野氏。そのワケは撮られた写真と元フリーアナウンサーの山本モナにあった。
2006年9月、民主党随一のイケメンと評判だった細野氏は、党の政策調査会長代理を務めていたのだが、山本との不倫が『フライデー』(講談社)に報じられた。すでに妻子がいた細野氏は、都内での路上キスを激写された。不倫の決定的な証拠を残し、政治家としての脇の甘さを見せてしまった。
掲載された写真は、都内のレストランで食事を終えて出てきた2人の姿を捉えたもの。千載一遇の“路チュー”写真は、被写体がスタイルのいい美男美女ということもあり、まるで映画のポスターにも勝るとも劣らない“見事な”仕上がりだった。以降、“路チュー”写真の代名詞となり、2人の組み合わせは何かと“つきもの”になってしまったのだ。
当然その代償も大きかった。細野氏はスキャンダル発覚後、内閣府特命担当大臣や環境大臣など全ての党役職を辞任。だが、選挙区では妻同伴のおわび行脚でピンチをしのぎ、なんとか復権した。政治家の妻としては寛容さを演じ同情も得たのだが、“路チュー”を激写されたこの日は、当時小学1年生になる娘の運動会の日でもあったためか、支援者のお怒りは相当なものだったという。
「不倫報道後、細野氏はアイスの商品名『モナ王』をもじって『モナ男』と揶揄され、政治に興味のない有権者からの知名度がアップしたという。さらには、娘の運動会の日に不倫が発覚し、意欲的な政治パフォーマンスも『モナ男運動会』と言われる始末だったようだ。“先生方”の女性関係は暗黙の了解とは言えども、年頃の娘からしたら、父親のいかがわしい行為はさぞかし大きな傷を残しただろう。また、議員の不倫スキャンダルが噴出するたびに、必ずといっていいほど食らう“飛び火”には苦悩し続けたという」(芸能関係者)
一方、大阪のテレビ局を退社してフリーとなり上京した山本は、リニューアルしたての報道番組『筑紫哲也 NEWS23』(TBS系)のキャスターの座に就いた。地方局出身のフリーアナウンサーがいきなり看板報道番組に抜擢されることなど、そうそうあることではない。山本は期待された存在だった。
だが、“議員との不倫”で山本が中立的な視点で報道できなくなる、という指摘から批判の声が上がり、わずか5日の出演で番組を降板。2011年7月に放送された『お笑いワイドショー マルコポロリ!』(フジテレビ系)のコーナー、「山本モナが最後の告白!週刊誌も知らなかった女子アナ&男&金」で山本は当時を振り返り、「落ち込んでホテルの窓から飛び降りようと思ったこともある」と衝撃の告白をした。
スキャンダル経験者という点では「二階派に向いている」といえるかもしれない細野氏は、果たして“渾身の一枚”から解放される日が来るのだろうか。おそらく、次の時代へと引き継がれるであろう。