現代よりも医療技術に乏しかった時代、当時の人々はどのようにして感染症の脅威から身を守り、克服していったのか。病気の存在が与えた影響にはどのようなものがあったのか、など。民俗学の分野であれば、病気の恐怖を克服しようとして「病魔」の伝説が生まれたという点が特筆すべきことだろう。
>>あの『大予言』を残した予言者、ノストラダムスの医療活動<<
新型コロナウイルス感染症で改めて注目を集めた感染症といえば、中世や近世に猛威を振るった黒死病(ペスト)だ。今回のコロナ禍で欧米を中心に、また日本でもアルベール・カミュの小説『ペスト』がベストセラーとなったことはニュースでも報じられた。黒死病は昔から大流行を引き起こしてきたこともあり、様々な作品の題材ともなっている。
そんな黒死病から、ある妖怪が生まれた可能性がある、という新しい研究結果が出てきて話題になっている。その妖怪は「ゾンビ」。正確にはゾンビというよりも埋葬された死者が墓からよみがえり動き出す、吸血鬼やリビング・デッド系の伝説になるが、これらの伝説が生まれた背景には、黒死病の流行との関係があったのではないか、というのだ。
ドイツ・テュービンゲン大学の考古学者マティアス・トプラック氏によれば、13〜14世紀頃の中央ヨーロッパの埋葬地を調査すると、遺体が仰向けではなくうつ伏せの状態で埋葬されるようになっていたという。当初は神への謙遜を示すものと考えられていたが、「うつ伏せで埋葬される」ケースが始まった期間が14世紀を中心とした黒死病の大流行期と重なること、また流行地域と合致したことなどから、黒死病という病気そのものへの恐怖、また黒死病によって亡くなった者への恐怖がうかがえるという。
また、病死したと診断された患者が埋葬されたのち、仮死状態から蘇生してしまったケースもあったそうで、そこから「墓から蘇った死者」というモンスターの伝説が生まれるに至ったという話もある。そこで、「人々が超自然の存在である霊を恐れ、また死者が現世に舞い戻ってくるのを防ぐために、埋葬方法を変えたのではないか」とトプラック氏は語る。
なお、このうつ伏せ式の埋葬は17世紀になるとドイツやスイス、オーストリアでも確認されている。黒死病の大流行の時期を過ぎてもなお、人々は病気がもたらした恐怖から逃れられずにいた、ということなのだろう。
(山口敏太郎)
参考記事
Plague victim burials hint at 'zombie' fears
https://www.unexplained-mysteries.com/news/339359/plague-victim-burials-hint-at-zombie-fears