そんな中、今も目にするのが、中国人女性たちが働いているエステ店である。繁華街ばかりでなく、郊外にある駅の周辺にもポツンと看板が出ていたりして、ゲリラ的に全国に店があるのを見かけることも多いだろう。看板には「リラクゼーション」といった謳い文句が書かれているが、もちろん、そこで行われているほとんどは、売春である。
中国エステのある場所には、客引きの女がセットになっている。私がいつも利用する最寄り駅にも中国エステはあって、同じ場所に同じ女が立っている。実際に、その店を利用したことがある中国エステ好きの友人によれば、やはりそこも本番ができるという。
客引きの女と言葉を交わしたことはない。だが、取り締まりを恐れずに営業を続け、街角にも立つ彼女の姿を見て、肝が座っていて、たいしたものだなと、いつも感心するのだ。
今回話を聞いたのは、かつて中国エステで働いていた中国人女性である。名前は静。小柄で細身、黒髪にショートヘア。年齢は28歳だが、ぱっと見は20代前半といっても分からないほどに若い。
「中国にいては将来のことが見えないなと思いました。それと家が貧しかったので、少しでも両親を楽にしてあげたいなと思ったんです」
働くことを目的に日本に来たという静。それは彼女が22歳の時だった。ただ、手に入れることができたのは、学生ビザだった。
「学生ビザには労働時間の制限があって、ちゃんと学校にも行かないといけなかったので困りました」
静の周りには、同じように少しでも多く稼ぎたいという友人がいて、彼女たちに教えられたのが中国エステで体を売ることだった。お金を稼げるのなら、売春には何の抵抗もなかったという。
「毎日、働きましたよ。それまで働いていた居酒屋とは、稼げる金額が全然違いました。居酒屋はいくら頑張っても月に10万円いくかいかないか。それがエステで働けば、3日で10万円稼げることもありました」
金銭的には満足を得られたが、連日深夜まで働いたことにより、いつしか学校には通わなくなった静。そして、店で働き始めて1年後、彼女が仕事を休んだ日に店は摘発に遭い、潰れた。
「ちょうど、生理がひどくて休んでいたんです。摘発があることは知っていましたが、実際に捕まることを考えると怖くなって、エステで働くことができなくなってしまったんです」
そんな静が次に選んだのが、ナイトクラブでの仕事だった。半年ほどすぎた頃、のちに結婚相手となる日本人男性との出会いがあった。
「夫が、友達と一緒に来たんです。その時の印象は、見た目では人は分からないですけど、あまり(水商売の)お店とかに来るタイプじゃないなと思いました。普段、お客さんと連絡を取ることはしないんですけど、なんとなく夫には連絡したんです。それから、ちょくちょくお店に来てくれるようになって、話をしているうちに、この人は信用できるなと思ったんです。だけど、好きだという感情は湧きませんでした」
それでは、なぜ静は結婚するに至ったのだろうか。
「日本に滞在するビザが欲しかったんです。私は真面目に学校に行っていなかったんで、学生ビザが延長できなくなっていました。学生ビザだと学校に行かないといけないですけど、不自由なく働きたかったんです。そのためには、日本人と結婚するのが一番なんです」
彼女は隠すことなく、ビザが欲しいから結婚したいと、彼に打ち明けたという。
「心を偽って、愛していると言って結婚するやり方もあると思います。実際、そうしている人もいます。だけど、私にはそのやり方はできません。半分、無理だろうなという気持ちで、中国にいる両親の面倒を見るためにビザが欲しいから結婚したいと、正直に言いました。それで、ダメだと言われたら、仕方ないなと諦めるつもりでした」
返ってきたのは、「結婚しよう」という答えだった。
「夫は『あなたは困っていそうだから、助けてあげるよ』と言ってくれました。その言葉を聞いた時には、感謝の気持ちと嬉しさで幸せな気持ちになりました」
2人の結婚は、偽装結婚以外の何ものでもない。だが、唯一の違いは、静の夫が金銭的な見返りを求めてこないことだ。
晴れて日本に滞在できるビザを入手した彼女だったが、夫には隠していることが2つある。それは、過去に体を売っていたこと。そして中国で面倒を見ているのが両親だけでなく、来日前に付き合っていた男との間にできた子どものことだ。
夫は、中国に行ったことはおろか、日本でも一緒に暮らしていない。それゆえ、静のプライベートに関して、何も知らない。しつこく詮索してくることもない。彼女にとって、これ以上、都合のいい男はいないだろう。
「私に尽くしてくれている夫のことを思うと、心苦しいことはあります。だけど、私たちにも生活がありますので、仕方ないですね」
静は、ナイトクラブで仕事を続けながら、中国に暮らす家族への仕送りを続けている。
体を売りはじめたことで、学校からドロップアウトしたものの、ただでは転ばず、日本人と結婚した。履歴書には決して記されない娼婦という過去が、人生の大きな転機となったのだった。