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伊集院光「100ワニ」炎上に同情?“作られたブーム”の実体験、アイドルプロジェクトの真相を語る

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伊集院光

 20日に最終回を迎えたSNSで話題の4コマ漫画「100日後に死ぬワニ」。だが、連載終了とともに期間限定のショップがオープンしたり、書籍販売、映画化などが報告されると、「興ざめした」「商品ありきだったのか」など批判する者が殺到している。

 そんな中、23日の『伊集院光の深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)における、伊集院光の話が話題を集めている。

 「1989年、『伊集院光のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)を担当していた彼は、ある日のオンエアで何気なく、『映画監督の“大島渚”って、名前だけ聞くと、アイドルに付けるべき名前だよな』、さらに『“歯がゆい”っていう言葉、アイドルの名前だったらすごく可愛い」と、ささいな妄想を語ったところ、翌週からそのアイドルのディテールがリスナーから寄せられ、『こんな歌、歌ってる』『猫を飼っている』などプロフィールが出来上がっていったというのです。それが、今も伝説的に伝わる架空のアイドル『芳賀ゆい』です」(芸能ライター)

 伊集院は続けて、そんなリスナーと楽しんでいたはずの「芳賀ゆい」現象が、思わぬ変貌を遂げてしまったと回顧。レコード会社の人が「(芳賀ゆいの)歌、出した方が面白くない?」、さらには声優の事務所が「可愛い声の女の子に、芳賀ゆいの声を当ててデビューさせてみないか」など様々な打診が次々に寄せられたと振り返った。
  
 そして、実際に芳賀ゆいは翌1990年7月1日、奥田民生作詞によるシングル「星空のパスポート」でデビュー。さらに、実在しないのに握手会が開かれ、2000人のファンを集めるなどブームが肥大化(箱に隠れて手だけを出した女の子と握手する手法だった)。

 伊集院はその上で、「ある程度のところから制御が効かなくなってきた」と告白。ニッポン放送の事業部から、「あまり(来場客が)入ってないイベントがあるから、(PRのために)そこに芳賀ゆいが見に来ているということでよろしく」と言われてしまうなど、彼の手から離れていったという。そのブームに、まだ知名度のない落語家だった彼は「俺の妄想が生み出した方だけ商品価値が上がった」と語り、冒頭のような理由で炎上している「ワニ」の作者きくちゆうき氏に一定の理解を示した。SNSでは、伊集院が語った実体験に対して、「説得力があった」「面白かった」という声が挙がっている。「ワニ」ブームの真相は本当のところは分からないが、一体この後、どんな歩みを辿るのだろうか。

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