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追悼 野村克也氏「心に染みる」ボヤキ語録

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提供:週刊実話

 2月11日深夜、球界に大きな足跡を残した野村克也氏が亡くなり、日本中で悲嘆の声が上がった。享年84。

 楽天の作戦コーチで、沖縄でキャンプ中だった息子の克則氏のもとに一報が届き、急ぎ帰京したが、最後の対面は果たせなかった。

 弔問に駆け付けたヤクルト、阪神の監督時代の教え子たちの対応に追われたが、
「もし父がいたら『こんなとこでゆっくりしてるな、早くチームに戻れ』と言うと思います」と、ひと段落した15日、克則氏はチームに再合流した。

 野村監督といえば、南海、ヤクルト、阪神、楽天で指揮を執った名将だが、試合後に出る「ボヤキ」でも有名だった。しかし、それは教え子たちを一流選手としてだけではなく、一社会人として成長させるための、深い愛情の表れでもあった。

「王(貞治)や長嶋(茂雄)はヒマワリ、オレはひっそりと咲く月見草」

 戦後初の三冠王を獲得しながら、世の関心はONにしか向かない。この言葉は野球人として、常に努力、研究し続けた故人の生きざまを物語っている。

「スランプという言葉は、ヘボのエクスキューズ」

 楽天指揮官となって2年目、貧打の打線をそう嘆いたことがある。布石があった。凡打した選手を呼んで叱ると「何で?」と言い訳が返ってくることが多かった。野村監督はヤクルト指揮官に就任した当初から、「無視、称賛、非難」を使い分けて選手を育ててきた。

「一流と認めた選手しか非難しない」と公言し、選手の側にも「叱られるのは期待されているからだ」と思わせてきた。しかし、楽天の若手は言い訳をし、限界を感じた。野村監督はそれを「負け犬根性」と一蹴し、色々な言葉で発奮させて戦う集団へと作り替えようとした。

「お前の勝負の相手はスピードガンか? バッターが相手なんだ」
「This is ヘボ野球!」
「親会社がITだから、あっさり契約切れでサヨナラなんてことに…」
「新人王? 自惚れるな。一軍定着が先だ」

 野村監督と言えば、田中将大を一人前に育てることにも心血を注いだ。今日、メジャーリーグで活躍している田中の才能にいち早く気付いていたせいもあるが、年齢差も影響した。

 ヤクルト、阪神の選手たちは年齢的に「息子」だったが、72歳の時に知り合った18歳の田中は「孫」。期待する選手として、ヤクルトナイン同様に叱責もしたが、その後、「厳しすぎるかな、19歳の少年に。でも、ウチのピッチャーの中ではいちばんしっかりしとるから」と、フォローすることも少なくなかった。

「マー君、神の子、不思議な子」

「マー君1人で頑張りますよ。140試合、全部連投だ」

 同時に、エースだった岩隈久志に対しても「開幕投手? (岩隈で)迷うこともない」とメディアの前で言い切っている。

 こんなこともあった。岩隈が好投した時、「田中は大人になりきれていない」と、いきなりマー君の話を切り出した。岩隈の絶妙な配球を称賛した後だったので、「それを見ならえ」と言いたかったのだろう。

 野村監督は田中を育てる過程で、岩隈のエースとしてのプライドにも配慮した。直接伝えられない不器用さではあるが、若手と主力の両方の立場を理解していた。

 また、苦しい投手不足を指して、こうも嘆いていた。

「雨でも降らないかな。(福岡ドームは)屋根がある? 開けろ!」

 先取点を挙げたゲームを落とすと、当時の正捕手の嶋基宏を指し「嶋を島流しにするか?」と嘆き、なかなか強くならない楽天ナインには「馬耳東風。いいヒントを与えても、それに応えない」とボヤき、報道陣の前でも悔しがっていた。

「先が分からないのは、野球と経済と天気予報」

「勝率5割超え? 貧乏人の貯金はすぐなくなる。人生と同じ」

 野村監督は結果よりも過程を大切にした。大量得点で勝利した後も「オレの好きな勝ち方ではない」と吐き捨てたこともあった。しかも、「デーゲームの試合はよく見ている。解説の練習だよ。来年は就職探しやから」と、チームの敗退を自虐ネタに変えていた。

 自虐ネタといえば、こんな“名言”も残している。
「パ・リーグはID野球の時代やな。Iは岩隈、Dはダルビッシュ(有)」

 野村監督が楽天で奮闘していた頃、元祖ID野球の元ヤクルト選手たちは、コーチなどで他球団にも流出していた。ストライグゾーンを9分割して球種を記号化して書き込んでいくチャート表を考案したのも野村監督だ。こうした財産の流出に、何も言わなかった。それが野球界全体のレベルを上げたとも言われている。

「楽天監督を退任後、辛口の解説者として、テレビでも人気者になりました。歴代球界のベストナインを選ぶ企画があり、そこで野村氏が№1投手にダルビッシュを挙げたことがあります。年長の解説者は昔の話しかしませんが、野村氏には若い選手を認める柔軟さもありました」(TV局員)

 永遠のライバルである長嶋氏とは金田正一氏のお別れ会が最後の面談となった。
「頑張ろう」「お互いに」

 その短いやり取りには、教え子たちが奮闘する球界をずっと見守っていきたい思いが詰め込まれていた。

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