税金には、景気の安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)、所得の再分配、日本円の使用を強制(租税貨幣論)、政策的税制と、主に4つの役割がある。例えば、炭素税やタバコ税には、「企業の二酸化炭素排出を抑制したい」「人々がタバコを吸う本数を減らしたい」といった、予算や政府支出とは無関係な政策的目的がある。政策的税制という観点から言えば、消費税は「消費を抑制するための税金」であるため、増税すれば当然ながら消費が実質で減る。
ところで、経済(経営ではない)には以下、5つの原則がある。
(1)国民経済において、最も重要なのは「需要を満たす供給能力」である。
(2)国民経済において、貨幣は使っても消えない。誰かの支出は、誰かの所得である。
(3)国民経済において、誰かの金融資産は必ず誰かの金融負債である。
(4)国民経済において、誰かの黒字は必ず誰かの赤字である。
(5)現代世界において、国家が発行する貨幣の裏づけは「供給能力」である。
本稿の注目は「国民経済において、貨幣は使っても消えない。誰かの支出は、誰かの所得である」になる。
改めて説明されれば当たり前だが、我々が買い物をしたとすると、確かに財布から貨幣が消える。とはいえ、この世から消えたわけではない。
買い物の場合、貨幣は売り手のキャッシュレジスターに移っており、誰かの所得になっているのである。「個人」というミクロな視点では、確かに貨幣は買い物で消えるが、マクロ(国民経済)においては決してそうではないのだ。
ちなみに、政治とは常にマクロである。政治とは「国家」がいかなる行政(あるいは「行政サービス」)を生産するかの決断であり、個人というミクロの問題ではない。
さらには、政治とは予算というよりは「リソース(あるいは供給能力)配分」の問題で、全員が平等かつ公正に恩恵を受ける政策は存在し得ない。日本の場合は、財政的な予算制約はないが、供給能力、リソースに制限はある。
制限がある以上、供給能力は「特定の国民」にのみ使われる。もっとも、国民経済は繋がっている。「誰かの支出は、誰かの所得」であるため、政府の「不公平な行政サービスの生産」により、所得拡大や安全保障強化、市場拡大といった恩恵が、最終的には全国民に行き渡るかもしれない。あるいは、行き渡らないかも知れない。
それを、「可能な限り全国民に恩恵が行き渡る」ように主張し、国会で予算化し、行政を動かすことができる人物こそが、本物の「政治家」なのだ。
さて、ミクロとマクロの違いであるが、重大な真実は「ミクロの合理的な行為が、合成されるとマクロで災厄をもたらす」ケースが少なくないことだ。すなわち、「合成の誤謬」である。2019年9月23日、日本経済新聞(電子版)が、「消費増税に節約で勝つ 日常生活品にこそ削る余地あり」という記事を配信した。日経の記事は、我々が日常生活において「実は、買わなくても構わないものを買っている」ということで、消費税増税をきっかけに買い物を見直し、とりあえず「買わない」という行動を試してみるべきである。そのうちに、実は買わなくても済むことが理解できるという、いわば節約礼賛の記事であった。
というわけで、日経新聞の言う通り、我々が買うのを減らすと、その分「買われるはずが、買われなかった」製品を生産している人々の所得が減る。何しろ所得とは、誰かがモノやサービスを買わなければ、創出されない。日経式の消費見直しで実質消費が減り、所得が減った人々は、今度は日経新聞を買うのをやめるという選択を採るかも知れない。
繰り返すが、国民経済は繋がっている。それを理解しない日経新聞の記者は、自分で自分の首を絞めている。
消費の見直しという、1人1人にとっては合理的な「節約」が、マクロに合成されると「全体の所得縮小」をもたらす。特に、1997年、2014年のデータから明らかな通り、消費税増税は「実質で生産=所得」を減らしてしまう。理由は単純で、我々が「実質で消費を減らす」ためである。
生産=支出(消費+投資)=所得。GDP三面等価の原則からは、誰も逃れられない。
日経新聞の記事の「消費税増税は節約で乗り切れ」は、確かにミクロでは合理的だ。とはいえ、それを国民が一斉に始めると、カタストロフィになってしまうのだ。
もちろん、悪いのはデフレ期の消費税増税を強行する政府であり、安倍政権だ。とはいえ、「合成の誤謬」を理解せず、事態を悪化させる節約礼賛の報道を続けてきたメディアも、間違いなく共犯者だ。
厄介なことに、消費税増税でメディアの煽りを受け、現実に消費が減ると、国民の実質賃金が低迷し、税収も減少。税収が減れば、当然ながら赤字国債が増える。すると「国の借金で破綻する」というわけで、更なる消費税増税という悪夢の循環に突入してしまう。というか、’97年以降の我が国は、実際に突入している。
我々は、「合成の誤謬」という亡国の呪いを打ち払わなければならない。とはいえ、実質賃金が下落している状況で、国民に消費を増やせなど、無茶もいいところだ。また、デフレ継続で儲からない国では、企業は投資を拡大することはない。結局、デフレ期に積極的に支出を拡大できる存在は、政府だけなのだ。
「国債発行+財政出動+消費税廃止」これが、唯一の正解になる。消費税の廃止が短期間では困難だったとしても、国債発行+財政出動は、国会で予算を組むだけで可能だ。
合成の誤謬という厄介な社会現象を打ち払い、日本国をデフレから脱却させるためには、貨幣発行が可能で、非合理的な支出拡大ができる政府が動くしかないのである。
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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。