「監督さん、サンプルを持ってきました〜」
有名・私立高校には何店かの出入りのスポーツ用品店が存在する。
ボール、バット、捕手のプロテクター、打撃マシン、ネットなどの練習用具はもちろん、ユニフォームや遠征バッグも大量購入している。それらの品物は店頭価格よりも割安である。何故、割安で提供できるのか? 新入部員が入部してくる毎年4月に定期購入してもらえるので、その見返りである。また、ボール、バットは消耗品だ。高校や球界では「部員1人当たり、1年間で2ダース分の新球が必要」との目安もあり、100人以上を抱える大所帯の有名校が相手ともあれば、ボール1個1000円でも約120万円。練習着にしても、近年ではアップ運動中に着るジャンバー、発汗性の高い夏用のシャツなど、季節に応じて着替えなければならず、1人当たり3万円強のユニフォーム購入が見込める。当然、全ては学校指定のカラーに統一しなければならない。従って、公立、私立を問わず、高校野球部とのお付き合いができれば、スポーツ用品店は“大儲け”ができるのである。
しかし、高校側の監督の気苦労は尽きない。
「出入りするスポーツ用品店も、1店舗ではないわけですよ。近隣住民に応援してもらうため、地元のスポーツ用品店にお願いしなければならないし、卒業生が地元店舗の扱っていないスポーツメーカーに就職したら、絶対にセールスに来ますからね。教え子は皆かわいいし、たとえば、1人の卒業生から練習用のマスコットバット数本を買ってやるとしますよね。そしたら、今までお付き合いしていたスポーツ用品店の顔も立ててやらなければなりません」(関東圏監督)
スポーツメーカーに就職する卒業生も多い。伝統校ともなれば、メーカー各社に1人くらい卒業生がいるだろう。たとえ、「大学在学中は1度も顔を出さなかった」としても、監督の「教え子は皆かわいい」の気持ちに変わりはない。また、旅行代理店、印刷関係、写真映像関係の会社に就職した教え子もいる。旅行代理店に務めた卒業生は上司を連れて「移動のバスはウチを使ってほしい」、「遠征に行くんなら、宿泊を含め、ウチで見積もりを作らせてくれ」と言ってくる。印刷関係もそうだ。甲子園出場の記念小冊子の製作を、写真・映像関係に就職した卒業生もその類の仕事を持ち込んでくる。
「最近では、サプリメントを売りにきた食品メーカーも売り込みに来ましたよ。当然、卒業生を連れてね」(前出・同)
業者側は甲子園出場が決まってから売り込みに来るのではない。どの商売もそうだが、まずは『コネ作り』が大事で、卒業生の就職が決まると同時に挨拶に行く。ライバルメーカーを出し抜くには日頃のお付き合いが大切なのだ。
そうなると、監督に“袖の下”を使う業者もいそうだが、前出の関東圏監督は「どの学校も、そういう疑いを掛けられたくないから、業者全員と平等にお付き合いをしています」と完全否定していた。しかし、その気持ちが“業者の競争”をあおいでしまうのだ。
ある私立高校の話。スポーツ用品店4店が今年度の公式戦用帽子のサンプルを持ってきた。同校は“お付き合い”で、毎年、帽子を新調していた。A社は「ロゴを全年度使用のものよりやや大きめのもの」、B社は「品質の高い生地で作られたもの」、C社は「手の込んだ刺繍」、D社は「ツバの裏地に高級感を」…。どの品物も甲乙つけがたい。学校長は「監督にお任せしますよ」と最終選択を委ねてきたが、大多数の監督はこれまでのお付き合いから、1社に絞り込むことを申し訳なく思ってしまう。
「前年はA社だったので、今年はB社で。来年はC社、再来年はD社にお願いしますから」
ある監督はローテーションによる平等を提案したそうだ。この帽子の“競争”から落選した3社に対しては、ボールや新入部員のバッグなどを分散購入する約束を交わしたという。名門校でも、学年によって遠征バッグの種類、デザインが異なるケースが多い。それには、こういった裏事情も隠されていたわけだ。
「監督さん、今度ウチで扱っているメーカーが出した新商品なんですが、2、3本置いていきますから使ってくださいよ。で、もし良かったら…」
帽子注文に落選したスポーツ用品店が変わった形態のバットを見せてきた。サンプルを無償提供する目的は分かっている。しかし、無下に断るわけにもいかないのだ。
「強豪校ともなれば、10年に1人くらいの割合でプロに進む選手も出るでしょう。後にその選手とアドバイザリー契約を交わすとき、他メーカーよりも有利に交渉ができる」(スポーツメーカー関係者)
甲子園出場が決まると、スポーツ用品店は「お祝い」の名目で大挙してくる。かといって追い返すわけにも行かず、グラウンドで話を聞いてやったが、学校応接室には旅行代理店がすでに待ち構えていた。他にも、「記念品を作りたい」という商社、「スタンド応援の生徒用タオルを作りたい」と願い出る地元商店主、「卒業生による応援広告を新聞に打ちたいから許可をくれ」と言ってきた代理店が…。
「結構ですから、お帰り下さい!」
この言葉が言えたら、どんなに楽か…。高校野球は地元関係者の応援、協力がなければ成り立たない。「甲子園に行くと、急に関係者が増える」という監督たちの悲鳴も理解できなくはない。(了/スポーツライター・飯山満)