「その手の情報は7月末ごろから半ば公然と囁かれ、8月12日には株価が年初来安値を付けるほど売り込まれた。最大の稼ぎ頭を売却すれば経営が成り立たなくなる。会社が発表したのは、交渉先から情報がリークされかねなくなったため、これ以上の隠し事ができなくなったと判断したからのようです」(大手証券投資情報担当役員)
実際、ワタミの業績不振は目を覆うばかりだ。今年3月期は128億円の最終赤字で、2期連続の赤字塗れだった。財務状況は急速に悪化しており、来年3月期に今年と同レベルの赤字を垂れ流せば債務超過に転落しかねない。だからこそワタミは今年3月期の決算短信で、企業存続に“イエローランプ”が灯ったとして「継続企業の前提に関する重要な疑義を生じ…」とする文言を初めて記載した。何せ2年前に25.4%あった自己資本比率は今年3月期末には7.4%まで落ち込み、これが6月末には6.2%に低下したのだ。
破綻寸前の危険水域にドップリ浸かった最大の理由は居酒屋事業の不振である。「ブラック企業」の烙印を押されたこともあって業績は急降下し、今年3月期は36億円の営業赤字だった。それもムベなるかな。厳しい業績の落ち込みからピーク時には626店あった店舗のリストラにのめり込み、昨年度は100店を閉鎖。今年度は85店を閉鎖する計画だ。
大幅な戦線縮小に加えて最近は牛丼各社が“ちょい呑み”を始めたこともあって熾烈な競争が避けられず、ワタミの居酒屋事業がジリ貧のスパイラル地獄に陥るのは確実とみられている。
これに対し、2004年に参入した介護事業は今年3月期に24億円の営業利益を確保した“ドル箱”事業。高齢者市場の拡大をにらんで'08年に参入した宅食事業も今年3月期に16億円の営業利益を確保するなど、ピーク時に比べれば落ち込んだとはいえ大健闘している。
企業再生のセオリーに従えば不振事業から撤退し、儲かっている事業に資本とエネルギーを特化すべきである。ところが、ワタミは最大の稼ぎ頭を売却し、不振のドン底事業(居酒屋)との道連れを決め込んだ。なぜ“自爆”の道を選択したのか。
背景には横浜銀行など取引銀行と交わした合意事項がある。ワタミは今年の7月、金融支援を要請する過程で従来の財務制限条項付きの契約を改め、「連結ベースの純資産額を2015年3月期末に対して100%以上を維持する」との主旨に変更した。すなわち、今年度も大赤字になれば純資産が減少する。これを回避するには黒字化が絶対条件というわけだ。
だが、赤字の居酒屋事業では買い手は見つからない。ならば“虎の子”の介護事業を売却するしかない。これぞ冷酷な資本の論理が導き出した回答だったのだ。
そう解釈すれば介護事業の売却見込み額が「200億円」と一斉に報じられたことも理解できる。前述したように、ワタミは今年3月期が128億円の最終赤字だった。希望通り200億円で買い手が付けば、居酒屋事業が相変わらず赤字を出そうとも、まず黒字決算に浮上する。結果、銀行はもう少しワタミの延命に協力するだろう。
「今年の3月に就任した清水邦晃社長は内心、そう考えてニンマリしたに決まっている。しかし、そう簡単に問屋が卸すかどうか」と、金融筋は指摘する。
「買い手だってワタミの窮状は先刻承知しており、よほどの物好きでなければ言い値で買うわけがない。多分、足元を見抜いて値下げ交渉するだろうし、嫌ならば買わなくてもいい。何もワタミに義理立てする必要はありません。当然、ワタミは値下げに応じます」
買い手の最終候補として、すでに損保ジャパン日本興亜ホールディングスと調整に入り、詳しい条件を詰めた上で10月上旬の基本合意を目指しているという。しかし、たとえワタミの希望通り高値売却にこぎ着けたとしても、ドロ船と化した同社の前途は多難である。
「居酒屋事業が立ちいかなくなれば白旗を掲げるしかない。介護売却と今後の生き残り策をめぐって清水社長は創業者の渡邉美樹・元社長(自民党参院議員)に相談しているでしょうが、彼だって苦慮している。来年3月決算を乗り切ったとしても、その先は文字通り“お先真っ暗”です」(証券アナリスト)
窮余の策として企業イメージの刷新を狙った「社名変更」シナリオが密かに囁かれている。