大阪の土佐稲荷神社は三菱グループの守護神として知られる。むろん、三菱重工業は三菱グループ御三家の一つである。「困ったときの神頼み」というが、厄払いウンヌンと囁かれること自体、三菱金曜会の中核企業である三菱重工の厳しい現実を象徴している。
昨年11月11日、子会社の三菱航空機が国産初の小型ジェット機『MRJ』の初飛行に成功した。社運を賭けたビッグプロジェクトの扉が開いたとあって関係者は小躍りしたが、実は5度の延長の末にやっと1時間27分の初飛行にこぎ着いたのが実情。まして航空会社への引き渡しに欠かせない「型式証明」の取得には、累計2500時間に及ぶ飛行試験が必要だ。初フライトまでに5度の延長を重ねたこと自体、商用化への険しい道を物語る。
追い打ちをかけるように、昨年のクリスマス・イブの12月24日、三菱航空機は2017年4〜6月に予定していた初号機のANAホールディングスへの引き渡しを'18年半ばに延期すると発表した。驚くなかれ、納入延期はこれで4度目だ。主翼が型式証明の取得に必要な強度に達していない可能性が判明したことなどが理由だが、当初のシナリオでは「'13年納入開始」だった。それが5年も遅れる見通しなのだから尋常ではない。オオカミ少年を地で行く“公約”破りを繰り返してきた以上、'18年半ばの納入が実現する保証はない。
初フライトと納入のダブル延期を繰り返してきた結果、会社がもくろむ1000機受注とは裏腹に、これまでに受注したのはANAやJAL、スカイウェストなど6社からの計407機にとどまる。うち確定している223機を除けば、キャンセルが可能な契約である。
「もしキャンセルが続出すれば、会社が描く'20年の黒字化は絵に描いた餅に終わる。とりわけ不気味なのはブラジルのエンブラエル社で、その'20年に競合機を投入し、MRJの切り崩しを狙っている。MRJが再び納入延期ならば世界の航空会社からソッポを向かれ、国の負担と併せて3000億円も注ぎ込んだ三菱重工の屋台骨が大きく揺らぎます」(証券アナリスト)
切実な問題がもう一つある。三菱重工は'11年11月、クルーズ客船の世界大手、米カーニバル傘下のアイーダ・クルーズから約3300人乗りの大型客船2隻を受注、長崎造船所で建造を進めている。同社は'02年に建造中の大型客船が炎上し、巨額の損失を計上した。それ以来の大型受注とあって「気合が入った」と関係者は打ち明ける。
ところが設計変更などでこちらも納期が遅れに遅れ、昨年暮れには3度目の延期を強いられた。3月末までに1番船の引き渡しを目指しているが、飛行機と決定的に違うのは納期遅れに伴い特別損失を計上すること。過去2度の延期で同社は累計1600億円の特別損失を計上しており、3度目の延期で損失額はさらに膨らむが、まだ会社側は詳細を明かしていない。
関係者が目を剥くのは受注額が2隻で1000億円とみられていることだ。特別損失額は、既に受注額を大きく上回っている。
「重工は採算割れ覚悟で2隻を受注した。先方の期待に応えれば、その後も継続的に仕事が取れるから十分ペイするとソロバンをはじいたようです。しかし敵もさる者、新型客船の1番船は船型のモデルとなるため仕様変更が当たり前になっている。そこで次々と設計や資材の変更を求め、重工はこれに応じざるを得なくなった。火災事故以来、久々にありついた大型商談が故に仕様変更にどう対処するか、相手方との詰めを怠ったツケが回ってきたのです」(造船関係者)
同社が特別損失を計上しているのは1番船のみ。当初、今年3月末が納期だった2番船でも特別損失を計上せざるを得ないのは確実だ。一部には損失額がトータル3000億円に及ぶとの恐ろしい試算さえある。
ナルホド冒頭の「厄払い」ウンヌンが説得力を持つわけだが、同じことは三菱グループのキリンHDと三菱自動車にも言える。キリンは'11年にブラジルのビール会社を3000億円で買収したものの、業績が急速に悪化。これに伴い昨年12月決算で1949年の上場以来初めてとなる最終赤字(560億円)に転落した。
「長年、グループのお荷物だった三菱自動車はSUV(スポーツ用多目的車)の開発遅れを理由に担当部長2人のクビを切った。他に降格組もおり、舞台裏は複雑。ここで厄払いしないとまたゾロ“お騒がせ戦線”に名を連ねかねません」(ディーラー関係者)
まるで今年の“主役”が、東芝からスリーダイヤに代わる不吉な兆しのようだ。