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「まだやりたい思い出の選手はいる」藤波辰爾と対戦のカネックが33年振りに握手!

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藤波辰爾(左)とエル・カネック

ドラディション
『THE REVENGE TOUR IN TOKYO』
▽19日 東京・後楽園ホール 観衆 1,562人

 WWE殿堂入りしているレジェンドレスラー“炎の飛龍”藤波辰爾のプロレス団体ドラディションが19日、東京・後楽園ホールで『THE REVENGE TOUR IN TOKYO』を開催した。

 ドラディションは昨年4月の“皇帝戦士”ビッグバン・ベイダー(今年死去)を皮切りに、昨年10月に“仮面貴族”ミル・マスカラス、今年4月には“ニューヨークの帝王”ボブ・バックランドと、新日本プロレス時代の藤波と縁があった選手を次々と来日させオールドファンを喜ばせてきた。マスカラスは1979年に開催されたプロレス夢のオールスター戦で、全日本プロレスの故ジャンボ鶴田とともに夢のトリオを結成している。今回はかつてのライバル“仮面の魔豹”エル・カネック(メキシコではカネック)が来日。日本とメキシコで抗争を繰り広げてきた2人が約30年ぶりに試合を行った。

 カネックはかつてメキシコの人気団体だったUWAの世界ヘビー級王者に長らく君臨。“帝王”として当時UWAと提携していた新日本の選手をはじめ、WWF(現WWE)からメキシコにやってくる選手を相手にしてきた。ルード(ヒール)であったにもかかわらず、愛国心が強いメキシコ国民の声援を受けて、“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアント、“超人”ハルク・ホーガンとのシングル戦でも負けることはなかった。“アンドレをボディスラムで投げたレスラー”という素晴らしい記録も残されている。

 今回の来日に際して、藤波とのWWWF(現WWE)ジュニアヘビー級選手権試合を、当日になってドタキャンした敵前逃亡事件(1978年)ばかりがクローズアップされたのはとても残念だった。ドタキャンの理由は諸説あるが、カネック本人は「覚えていない」という。しかし当時は「敵前逃亡」と発表されていた。当時は、今話題となっているジュリー(沢田研二)レベルの事件に発展。大プロレスブームだったこともあって、当時はかなりの話題となっていた。

 しかし、前述のようにカネックはその後、メキシコで輝かしい実績を残した。再来日を果たすと初代タイガーマスクとのシングルも両者リングアウトに持ち込むなど新日本マットでも実力を見せつけるように。藤波のヘビー級転向とともに、カネックは日本でもヘビー級の選手として頻繁に来日。第1回IWGP決勝リーグ戦にはメキシコでの予選を勝ち抜いて、エンリケ・ベラとともにメキシコ代表として出場を果たすなど、事件で出た悪評をかなり前に払拭している。むしろその後の藤波との激しい抗争をクローズアップするべきだろう。

 現在66歳となったカネックだが、まだ引退はしていない。レジェンドの域に達すると「衰えた肉体を見せたくないから」と、Tシャツを着て試合をするレスラーも多い。しかし、カネックはあの当時と変わらぬ肉体を披露して見せた。これには藤波伽織夫人も「彼のプライドなんでしょうね。あの体をキープするには練習しないとできない。しっかりと仕上げて来たのはすごい」と感心していた。来日は約7年ぶりだそうだが、永遠のライバルである藤波との再会はカネックに刺激を与えたようだ。

 試合は6人タッグマッチ(藤波&越中詩郎&丸藤正道対カネック&藤原喜明&KAZMA SAKAMOTO)ということもあり、お互いに先発を買って出てロックアップからの攻防を繰り広げた。ただ、藤波の攻撃をカネックがカットする場面など、2人が対峙する場面は数えるほどだった。しかし、丸藤をジャベ(メキシコの関節技)で苦しめるなど、動きのキレはイマイチではあったがテクニシャンぶりを発揮。これに発奮したのか丸藤と藤原の間に因縁も勃発した。試合は越中のヒップアタックから藤波がドラゴンスリーパーを決める“ドラゴンボンバーズ”の連携がKAZMAにさく裂し、藤波組の勝利。試合後、今年亡くなられたマサ斎藤さん、ビックバン・ベイダーさんを追悼する10カウントゴングが鳴らされ大会は幕を閉じた。

 笑顔でインタビューブースに現れた藤波は「やっぱり組み合うと蘇りますよ。お互いに飛び技が出せずじまいでしたけど、隙あらば飛んでやろうという考えがよぎるんだよね。まだまだやりたい思い出の選手はたくさんいますから、呼んでいきたいですね」と話していると、カネックが現れガッチリ握手を交わした。「こうして握手するのも何年ぶりだろう?昔は考えられなかったからね」と話す藤波に私が、「藤波さんが(アントニオ)猪木さんからフォールを取って優勝した第1回IWGPタッグリーグ戦の閉会式以来です」と言うと「あっそうなんだ」とポツリ。33年ぶりの握手に感慨深げな様子だった。

 カネックは「われわれは日本でもメキシコでも40年以上戦いを続ける“生ける伝説”だ。ルチャドールとして、プロレスラーとして一番大切なことは何かと言えば、技ではなく経験だ。われわれにはそれが40年もあるのだから、いつ闘っても満足する試合ができる。藤波さんは本当に素晴らしいレスラーで、日本では特別なアイドルだった。ここで再会できたことは本当にうれしい。きょうはまだ来日したばかりで、50%から60%。次はもっと激しくやりたい」と試合を振り返り、自身と藤波のキャリアについて熱弁した。今度はIWGPタッグリーグ戦に出場したときのパートナーだった“飛鳥仮面”ドスカラスとのタッグも見たくなった。

 藤波が次に招聘する“かつてのライバル”は誰だろうか?ある意味“時間との勝負”にもなってくるだけに、人選も年々絞られてくるのが寂しいところだが、まだまだ昭和のプロレスファンが喜べるような大会を期待したい。

取材・文・写真 / どら増田

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