「長嶋は巨人軍の長男、王の方は次男坊」という位置づけもある。長嶋さんの方がプロ入りが1年先。大学出(立大)と高校出(早実)だから、年齢は4歳違う。長男・長嶋、次男・王というのは、当たっているようにも思える。が、プロ野球というのは実力の世界だ。年齢も学歴も関係ない。結果を出した者が勝ちのはずだ。「野球は本来記録がすべてでしょう」。世界の王がこう強調する裏には、現役時代、常にナンバー2扱いされたことに対する不満がうかがえる。
「ONボール」という伝説がある。「本当はストライクなのに、ONが見逃したのだから、ボールだろうと審判が判定する。実際にONボールは存在した」。ONと激突した当時の各球団のエースたちは口をそろえる。 「だって、柴田や土井たちが『ONボールのあおりをくって、おれたちの時に帳尻合わせをやられている。ボールをストライクと言われるのだから、たまらないよ』と嘆いていたんだからね」と、巨人軍内部の楽屋裏話を暴露する。
当時の審判たちはこう反論する。「ONボールというのは、マスコミが勝手に作った用語です。われわれに言わせれば、むしろONストライクです。ONという偉大な打者が立ったときには、ほかの打者の時よりも無意識のうちにジッとストライク、ボールを見極めよとして、ONに辛い判定になることがあった。いってみれば、ONストライクです」
ONストライクも新説で興味深い。しかし、現実的にはONボールは伝説となって今でも語り継がれている。その呼び方になんと世界の王は異議を唱える。「オレは審判よりも選球眼が良いと自信を持っている。オレが見逃したらストライクではなく、絶対にボールだと確信を持って言える。だけど、ミスターはそんな選球眼を持っていたかい?」と、一緒にされるのを迷惑がるのだ。
敬遠のボールに飛びついて打つ。本来のストライクゾーンと関係なく自分が打てる範囲はストライクという、独自の長嶋ストライクが存在する。そういう伝説のある長嶋さんと同じ選球眼扱いされ、ONボールと呼ばれるのは、心外だという王さんの本音が思わずこぼれ出たといえる。
なんでも簡単にONという2語で片づけてほしくない。技術面では絶対に長嶋さんに負けていないという、王さんの譲れない強いプライドが感じられる。
「長嶋さんはライバルというより、追いつき、追い越せの目標だった。なにしろオレがプロ入りした時は、すでに新人で本塁打王、打点王の2冠王の成績を残していたんだからね。遠い存在だった」
そういう遠い存在だった長嶋さんを、血のにじむような猛練習、努力で完成させた一本足打法で射程距離にとらえ、ついにはONと並び称されるようになった。そして、王さん本人は長嶋さん超えを確信したのに、球団側には「長嶋がナンバーワン、王はナンバー2。年俸で王が長嶋を超えることはない」という、超えられない不文律があった。王さんがONボールの呼称に異議を唱えるのもわかるような気がする。