例えば、日本人は海外で中国人とよく間違われる。確かに見た目はよく似ているが、日本人からしたら、面白くはない。日本と中国は、まったく違うからだ。
同じ事情がイギリスと大陸ヨーロッパの間にも存在する。例えば、イギリスは車が左側を走っており、大陸の右側とは逆。大陸は、料理に情熱を傾けるが、イギリスは無頓着だ。大陸は通貨がユーロだが、イギリスはポンド。英語は世界58カ国で公用語となっているが、大陸で英語を公用語にしている国は一つもない。
だから、そもそもイギリスが大陸と一緒になること自体に無理があったのだ。今回のEU離脱は、その無理を解消するステップだ。
それでは、なぜ“離婚”がすんなり行かなかったのかといえば、アイルランドの問題があるからだ。イギリスはグレートブリテン島と北アイルランドの連合王国である。もともとアイルランド全体がイギリスの統治下にあったが、独立戦争を経て1922年にアイルランド自由国が建国された。だが、独立の際、北部6州はイギリスに留まった。もともと北部はカトリックの強い地域で、プロテスタントの強い南部との対立があったと言われている。
その後、北アイルランドでもプロテスタントが主流派となるなかで、アイルランドとの統一を求める声が強まり、その世論に乗った過激派がイギリス国内でテロを繰り返すようになった。しかし、’98年にベルファスト合意で和平が実現し、アイルランドは北アイルランドの領有権を放棄。その後も小規模なテロは続いたが、現在では過激派の完全な武装解除が確認されている。
とはいえアイルランドの平和は、アイルランドと北アイルランドとの間で、ともにEU加盟国としての自由な往来が保証されてきたことによって達成された側面も大きい。もしイギリスのEU離脱で、アイルランドと北アイルランドの間に、人やモノの自由往来を妨げる国境が作られれば、再び独立運動を招きかねない。今回の離脱交渉の最大の焦点は、そこだった。
ドイツのメルケル首相は、「北アイルランドだけ、EUの関税同盟に残ればよい」と直前まで主張した。しかし、それはジョンソン首相にとって飲めない条件だ。そうした一国二制度を認めれば、香港のように北アイルランド独立の動きが始まる恐れがあるからだ。
結局、今回の合意では、北アイルランドも含めてイギリスはEUの関税同盟から離脱するものの、北アイルランドが実質的にEUの関税同盟下にあるのと同じ体制を作ることで、アイルランド島内の国境をなくすことにした。イギリスは、実を捨て、名を取ったのだ。
領土問題は、国民にとって最大の関心事だ。当初、評判の悪かったマーガレット・サッチャーの構造改革策が実現したのも、フォークランド諸島をサッチャーが奪還したからだ。ジョンソン首相も、そのことを十分分かっているのだ。