酒造メーカー関係者が世界的な“日本酒ブーム”の背景をこう明かす。
「日本酒が海外で人気の大きな理由は、2013年に和食が『ユネスコ無形文化遺産』に登録されたこと。和食とセットで紹介される日本酒の認知度が高まった。また、『ライト&ヘルシー』の健康食ブームにより、富裕層では和食がもてはやされ、日本食レストランが増えたのも日本酒ブームに火をつけました」
2017年の農林水産省統計によれば、「寿司」「天ぷら」「ラーメン」などの和食レストランは、世界で約11万8000軒と、2013年の5万5000軒から倍以上に増加している。
昨今の世界の日本酒ブームを象徴するのが、長期熟成型純米大吟醸酒「夢雀(むじゃく)」だ。
夢雀は、山口県岩国市の「堀江酒場」という約250年続く蔵元が製造していて、原料のコメは伊勢神宮由来の「伊勢ひかり」。それに地元錦川の湧水を使用し生み出された日本酒だ。
「販売価格は1本8万8000円と強気の価格設定ですが、ドバイのホテルでは1本60万円に高騰しています。『夢雀』の高騰は、海外での日本酒人気を象徴する出来事と言えるでしょう」(同)
海外進出した日本酒の成功例は、他にもある。山口県の「旭酒造」が製造する「獺祭(だっさい)」もその一つだ。
獺祭を生み出した旭酒造は、1980年代に売上高1億円を下回り、倒産寸前に追い込まれた。当時の旭酒造の社長である桜井博志氏が打ち出したのは、日本酒の安価販売が酒造業を苦しめていると判断して、逆転の発想による高級化路線だった。
「その路線が大成功を納め、2005年頃からは海外進出。現在、旭酒造の年間輸出額は20億円にまで増えています。旭酒造は、ここまでの成功に満足せず、約30億円を投じて、今年、ニューヨークに醸造所を完成させました」(日本酒事情に詳しい経営アナリスト)
輸出先1位はアメリカで、アジアでも人気急上昇中の日本酒だが、特に世界の日本酒ブームに拍車をかけたのが中国だという。2018年の中国への日本酒輸出額は35億8700万円と、驚異的に伸びている。中国で日本酒がブームになっているその事情を明かす。
「まず一つに、食生活の変化があります。2010年に世界第2位の経済大国になり、中国人の生活が豊かになりました。生活が豊かになった中国人は、健康にも気をつかうようになり、ヘルシー食を好むようになったのです」(同)
一昔前の中国人の食生活は、油料理を主菜にアルコール40度以上の高粱(こうりゃん)などから作る蒸留酒や白酒(パイチュウ)を飲むのが主流だった。
「しかし、今の中国の20代の若者はヘルシー食を食べるようになり、さらに飲酒も度数が低くフルーティーな味を好むようになりました。ヘルシーな和食は人気があり、その結果、日本酒が好まれるようになったのです」(同)
実際、中国人のAさん(20代女性)は、こう語る。
「私たちの世代で、白酒を飲む人はあまりいないですね。あれは、アルコール度数が高くて、若者の口には合わない。日本酒はさっぱりしてて、飲みやすいから好きですね」
もう一つ、中国で日本酒がブームになっている理由は、日本への旅行者の増加だ。Aさんによると「日本旅行の際に、日本酒を飲んでハマって、帰国してからも飲む人が多いです」という。
このように中国を筆頭に、海外で日本酒ブームが巻き起こっているわけだが、日本酒の輸出に関しては、まだまだ課題も多い。特に「流通経路」と「関税」は、日本酒販売の足かせとなっている。
「流通経路に関しては、日本酒を専門に取り扱う商社が乏しいことや、フランス食品振興会のような輸出促進を目的とした組織が、日本酒にはまだありません。関税の問題に関しては、日本酒が米の加工品という扱いから関税率が高すぎる。日本酒の価格はアメリカで、日本国内の3倍前後と言われています」(酒類専門商社関係者)
そのため、現地生産や支店を設けて商売をしている日本酒メーカーもある。
「現地生産は一定の市場を確保できれば商売になると思います。ただ、海外為替の関係でのリスクが伴うので、中小メーカーでは、進出が難しいのが現状です」(同)
日本酒が一過性のブームで終わらないことを願いたい。