この講演の中で、羽生は棋士が対局中に次の一手を考える際に長考することについても持論を展開し、「自分自身が最も長く考えたのは約4時間」と振り返りつつ、「何分考えたらいい決断ができるのかというと、時間を掛ければ必ずしもいい答えが出て来るものではない」と語った。
「長考に好手なし」という将棋界で古くから言われている言葉もあるといい、「直感と読みと大局観、この3つを使って30分位するとAという選択肢を掴んだら、10手先はこういう感じになるだろう、またBという選択肢を選んだら、こういう感じになるだろうという答えに辿り着くことはできる。でも、そこから最終的にAを選ぶのかBを選ぶのかで、悩んでしまう、ためらってしまう。それで刻々と時間が過ぎてしまう。長考はこういうケースが非常に多い」とコメント。
「最初の30分間はきちんと知的に考えれる時間ですが、そこから後は心理的な、マインド的なことが非常に大きな要素になって来る。自分の場合も、4時間考えて最終的に選んだ手というのは、5分で考えついていた答えでもあったので、あんまり4時間考えた意味はなかった」と振り返る。
また、「相手に4時間くらい考えられたこともあります」と受け身の事例も紹介。「この時は、最初の1時間は局面についてあれこれシミュレーションをしていたんですが、残りの3時間は煩悩の時間。おやつは何を食べるか、夜は何を食べるか、4時間あれば日本中どこでも行けるんではないかとか、このまま指してくれないとずっとどうなってしまうんだろうとか、妄想というか、意味のないことばかりを考えていた。必ずしも、長く考えたらいい手が出て来るわけではない」と繰り返していた。
羽生は「来年は2020年。東京でオリンピックが開催」と東京オリンピックにも言及。「最近、スポーツをやっているアスリートのコメントや発言には傾向があると思います。それが『楽しんでやりたい』という趣旨の発言です。何かしらのトレーニングを受けてそう言っているのか、自分自身の経験則から話しているのかはわかりませんが、本当にその通りだと思っています」とアスリートの言葉に共感しているとのこと。
「どういう時に一番いいパフォーマンスを発揮できるかと言ったら、それはリラックスして楽しんで落ち着いている時。これが一番ベストだと思っています。その時は無駄な力は入りませんし、自分が持っている才能を十二分に発揮できると思います」と呼び掛けていた。
(取材・文:名鹿祥史)