1985年頃、エスパーは漫画家のアシスタントを目指し、雑誌の募集広告や漫画家に直接電話をして頼み込んでいたようで、「いっしょけんめいハジメくん」のコンタロウ、「北斗の拳」の原哲夫、「シティハンター」の北条司のアシスタント募集に応募。履歴書とイラストを郵送したが、残念ながら採用されなかったという。
しかし、集英社の「週刊少年ジャンプ」編集部から、「腕は悪くないので少年ジャンプの他の作家を紹介する」と勧められ、「ジャストACE」の井上泰樹のアシスタントを務めたという。エスパーは自身のブログで「今で言えばテニスの王子様のルーツみたいなもの。しかし残念ながらワンクールで終わってしまった…」とコメント。
また、「少年ジャンプ」以外にも「ビックコミック」(小学館)、「モーニング」(講談社)、「漫画ゴラク」(日本文芸社)、「漫画アクション」(双葉社)などの有名漫画雑誌で6人の漫画家のアシスタントを務め、「給料は安かったが夢があって楽しい時代だった」と当時を振りかえった。