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ワラタ号の笑えない消失(5)

 およそ百年ほど前の1909年、南アフリカのダーバン沖合で英豪航路の大型商船ワラタ号が消息を絶った。当時は船舶無線が商船にも導入され始めた頃で、残念なことにワラタ号も無線を装備しておらず、当然ながら救難信号を送信できなかったばかりか、消失に至った過程は推測することも困難だった。とは言え、謎めいた事件は人々の関心を集め、ワラタ号が行方不明となった直後から、消失原因について様々な憶測が流布されはじめた。

 まず最初に広まったのは、ワラタ号は船体に重大な欠陥を抱えており、消失は欠陥船による人災との憶測であった。しかし、船体欠陥説は英商務省の調査によって否定されたため、主に船内爆発説と大波転覆説が唱えられたが、いずれも物的証拠や確実性の高い証言を欠いており、憶測の域を出なかった。

 まず、船内爆発説は「火災を思わせるほど大量の煙を吐きつつ航行する大型船」を目撃した商船乗組員の証言を根拠としており、また当時の蒸気船では石炭の自然発火が頻繁に発生していたことから、ある程度の支持を集めた仮説だった。とはいえ、根拠は曖昧な目撃証言のみで、加えて爆発に至ったとしても破片すら残さずに消失するほどの威力だったかどうかとなると、仮説が十分な説得力を備えているとは言いがたかった。ただし、煙に関する証言はワラタ号の蒸気機関になんらかの問題が発生した可能性を示すものとして、後述する漂流説の補強材料となった。

 次の大波転覆説については現状で最も有力視されている仮説で、ほぼ定説と言っても良いほどだ。根拠となるのは、ワラタ号が喪失したとされる時間帯で天候化による高波が発生していたことと、積み荷に1000トンほどの鉛地金が含まれていたことで、大きな波を受けた船内で荷崩れが発生し、ほぼ一瞬にして転覆、沈没に至ったという仮説である。この仮説は漂流物がほとんど発生しないことと、波が船舶に押し寄せる角度や大きさによっては、ワラタ号ほどの大型船であっても一撃で転覆、沈没に至らしめる力を備えていることから、現在では広く支持されている仮説である。

 だが、大波転覆説も物的証拠や確実な証言を欠いており、ひとつの推測にすぎない。

 そして、これらの他にも超自然現象に巻き込まれたなどといった、奇想天外な仮説がいくつか提唱されたが、その中には「ワラタ号は沈没すること無く、航行不能となって漂流し続けている」との説も唱えられ、それなりの支持を集めたのである。

 もし、ワラタ号が漂流し続けているなら、その後の運命はいかなるものであったのだろうか?

(続く)

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