そう言いながら、笑顔を見せ、膝をつきながら、おしぼりを差し出した。通常は座る前後に、目の高さあたりで挨拶する嬢が多いことだろう。しかし、この日に出会った嬢は、私の目の位置よりも下から、見上げる感じで挨拶をしてきた。
普通の嬢ではないなと直感した。
顔が元カノに似ていて、感情移入しやすかったというハンディを除いても、この挨拶から入ったために、出会ってからのドキドキ感は増していた。
「お名前は何ですか? 私に、なんて呼ばれたいですか?」
というフレーズはどこでも聞く。ただ、萌え系が好きな私は、アニメのキャラクターみたいな振る舞いに、さらにドキドキしてしまった。
「彼氏は何人いるの?」
彼氏がいるかどうかはよくキャバクラで話題になる話。嬢は決まって「いません。別れたばかりです」という。
だから、私はいつの間にか彼氏がいるか・いないかということではなく、「何人いるのか」と聞くようになった。この日も同じ質問をしてみた。
普通は「一人もいませんよ」と応えるのだろうけど、嬢は私を見つめ、「ここにいるときは、あなたが恋人です」と応えた。
ベタな返しではあるけど、どうせ嘘をつくのなら、ファンタジーの世界に連れて行ってほしい。その意味では、この返しはヒットでは?
この嬢、こうした会話のやりとりだけが優れているのではない。お客を楽しませる努力をいろんなところでしているのがわかる。
「英語を教えてほしい」
外国人が来るかもしれないから、英語のカンペを用意しているのだ。
これは二つの意味で客が萌える。
「〜を教えて」というフレーズは、甘えん坊キャラでありながらも、同時に向上心があるんだな、と思わせる。
そして、おもむろに取り出したのが、英語の短い文が書いてあるカンペ。単に「学びたい」と思っているのではなく、それを示す現物を持っているのだ。誰もが「いい子」だなって思い、指名してしまいそうだ。私も場内指名してしまった。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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