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達人政治家の処世の極意 第十八回「小泉純一郎」

自民党をぶっ壊す! 過去の路線にとらわれず、“恐れず、ひるまず、とらわれず”だ。

 このスピード化が猛烈な勢いで進み、価値観がコロコロ変わる時代、上司の部下に対する長広舌の説得、叱責などは似合わない。「もっと簡単にやってくれよ」と、部下のカゲ口が聞こえてくるのがオチである。そうした時代背景を見据えたように、時に断定調、絶叫、理屈抜きの短いセンテンスのキャッチ・フレーズを国民にぶつけ、拍手喝采を受け、首相の座に就いてしまったのが、表記の言葉に代表される“人気者”小泉進次郎・復興大臣政務官の親父、小泉純一郎元首相であった。
 それまでの首相は圧倒的多くが言葉を選び、小難しい永田町用語で国民を説得するという、言うなら「重い首相」だったが、小泉のそれは国民受けのする分かりやすさがウリで、平成13年4月の内閣発足時の支持率は実に87%(読売新聞調査)と歴代内閣最高を記録した。スピード化、世の中の変化が急な中で、この「軽い首相」の手法は国民にある種の期待を持たれたということであった。表記の言葉以外にも、「そんな公約、大したことではない」「そんなこと常識だ」などと、異論はことごとく一蹴、ついには田中真紀子元外相から「変人」の“愛称”を頂戴したものであった。

 さて、この「小泉流」の簡明な言葉の効用についてである。これには、これまた長話が大嫌いだった田中角栄元首相のそれを例に引くと説得力がある。どんな厄介な陳情でも平均3分で受ける、受けないのイエス、ノーの決断を下したのは有名な話だが、筆者はかつて長く田中の秘書を務めていた早坂茂三(後に政治評論家)からこんな話を聞いたことがある。
 「オヤジ(田中)の話というのは、常に簡潔、平易、明快が特徴だ。話に起承転結などはなく、ズバッと結論から入る。例え話もまたうまく、説得力も抜群だから、仮に短時間の結論でノーと言われても誰もが不満を引きずることがない。一度、若い政治家の相談が終わったあとに、オヤジに聞いたことがある。『もう少し、ジックリ聞いてやればいいじゃないですか』と。オヤジの言葉は、こうだった。『いいか。どんな話でも、ポイントは結局一つだ。そのポイントを見抜けば、物事は3分あれば片付く。あとはムダ話にすぎない。忙しいオレが、そんなムダ話に付き合っていられるか』と」
 ちなみに、田中の「簡潔、平易、明快」は若いころのラブレターの類いでも同じであった。「何月何日何時、どこそこにて待ち合わせたし。何時までは会っていられる」と、実にソッ気ないのである。田中いわく、「愛してるだの、好きで夜眠れないだのは、逢ったときに言えばいいじゃないか」と。何とも“合理的”この上なかったのだった。

 この田中の言う「3分間」という時間は、実は意味がある。例えば、かつて多かった公衆電話などは、あるときから「一通話」は3分間となった。筆者は、なぜ3分間に設定したのかを電話局に聞いてみたことがあるが、こんな答えが返ってきた。
 「詳しい経緯は分からないが、どうやら人間の会話、コミュニケーションのポイントは3分間ほどにあるということのようです。3分間あれば、大方の用事は片付くということから来ているようです」と。

 もっとも、小泉の首相在職中の実績と言えば郵政民営化、拉致被害者の一部帰国は実現させたものの、大きな成果はなかった。内政は「聖域なき構造改革だ」と絶叫したが、政策の多くに「理念」が稀薄で多くは中途半端に終わった。理念の窺えない法律、政策は“生命力”を持たないのが永田町の常である。外交もまた、しかとした国家観が窺えなかった。要するに、発酵させた政策でなく、惜しむらくは、言葉は踊ったが場当たり的なそれが目立ったということである。しかし、「小泉流」の言葉が一時は国民をあれだけ引きつけたものだったということは、それなりに生きている。
 世の中の森羅万象のポイントは、枝葉を取れば意外と簡明にできている。真理は、常に簡明である。「我惟(おも)う。故に我在り」で知られるフランスの哲学者にして数学者だったデカルトは言っている。「よく考え抜かれたことは、極めて明晰な表現をとる」と。「小泉流」は、決して“無謀”ではないことを知りたい。=敬称略=

■小泉純一郎=第87、88、89代内閣総理大臣。厚生大臣(第69、70、71代)、郵政大臣(第55代)、外務大臣(第132代)、農林水産大臣(第38代)などを歴任。平成21年、二男の小泉進次郎氏を後継指名し政界を引退。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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