ここに至るまでの矢野監督といえば、好機でヒットが出ると大げさな喜び方をし、選手をノセようと必死だった。明るく、また、ミスが出ても選手の自覚を促す発言に徹してきただけに、同日の試合後のコメントは衝撃的だった。血祭りに上げられたのは、4番・大山悠輔(24)である。
「6回、大山がタイムリーヒットで一塁に出塁した後のことです。次打者・福留の放った打球は二遊間に転がりました。力のない打球でしたが、飛んだコースが良く、バウンドも高く、センターに抜けるかなという感じでした。それをオリックスの二塁手・福田が捕球して…」(在阪記者)
福田が二塁に送球する。一塁走者の大山は“おっつぁん走り”で二塁へ。塁審はいったんセーフとコールしたが、オリックスによるリクエスト(ビデオ映像検証)によって、アウトに判定が覆った。
試合は、大山の放った適時打により、2対1で阪神リードのまま9回裏へ。オリックスが逆転し、サヨナラ勝ちを収めた。矢野監督の初めての選手批判発言が出たのは、その直後だ。
「(大山)悠輔のプレーが残念でならん。チームの士気も上がらんし、ファンに失礼だし。野球を見ている子供たちに対しても、何のプラスにもならない。スライディングせえへんていうのは、もう論外!」
逆転を許したドリスではなく、大山が批判された。チーム関係者によれば、緩慢な走塁でアウトを喫した直後、コーチの一人が「今のは良くない」と、大山を叱ったそうだ。
監督にもいろいろなタイプがいる。本人に直接ではなく、意図的にメディアの前で名前を出し、スポーツ新聞に名前を出させることで反省を促すタイプもいれば、対照的にその場で叱るだけにする指揮官もいる。
後者のタイプだった矢野監督が一変した理由だが、こんな声も聞かれた。
「本社(阪急阪神ホールディングス株式会社)の株主総会が終わったからじゃないですか(同13日)。近年の総会はタイガース批判ばかりでしたから(笑)」(前出・同)
“冗談”だが、そうとも言い切れない部分もある。関西のファンは優勝に飢えている。2005年以降、遠ざかっている。若手を成長させ、「優勝できそう」という機運にしなければ、80年代後半の暗黒時代の悪夢が再現されてしまう。経営陣、本社が最も恐れているのは観客減だからだ。
「矢野監督も抑えきれなかった」というのが、大山批判の発言に対する大方の見方。前任者はこの発言でチームを萎縮させ、それが敗戦につながる悪循環に陥っていた。矢野監督の大げさな喜び方はそれを払拭させるためだが、前任者と全く異なる点も翌16日に見せている。大山を4番のまま、スタメンで起用し続けたのだ。
「5点ビハインドで迎えた7回表、大山のバットから得点が生まれました。試合は延長12回に突入して引き分け。トータル6打数1安打では、矢野監督の怒りは消えないでしょうが」(球界関係者)
矢野監督は今の阪神を指して、「成長していかないといけないチーム」とも称していた。成長に必要なのは、指揮官のガマンということか。懲罰的な意味合いで大山をスタメンから外していたら、まだ途中段階だが、ここまで築き上げてきたチーム改革も崩壊していたはず。怒っても晴れないストレスもそうだが、矢野監督のガマンはもうしばらく続きそうだ。(スポーツライター・飯山満)