9月末に発表されたシャープの電子書籍端末「ガラパゴス」のネーミングが波紋を呼んでいる。アップルのiPhoneなど世界中で支持されている機能を搭載したスマートフォンに対し、江戸時代の鎖国の尾を引く閉鎖性から独自の進化を遂げた日本のケータイは、海流の影響で外部と隔絶されたガラパゴス諸島の奇異な動植物のようであるとして「ガラパゴス・ケータイ」略して「ガラケー」と呼ばれていたからだ。その代表的機能はテレビを観られる「ワンセグ」や、電子マネー・割引クーポン・会員証として使える非接触型ICカード「FeliCa」による「おサイフケータイ」だろう。
更にシャープはau向けスマートフォン「IS03」を今冬に発売予定だが、こちらはアップルやマイクロソフトのスマートフォンに対抗すべくグーグルが開発したOS「Android2.1」と「FeliCa」や「ワンセグ」を搭載した「スマート・ガラケー」とでも呼ぶべき、かつてない仕様。来春発売予定の富士通東芝モバイルコミュニケーションズ「REGZA Phone IS04」もIS03同様の「スガケー」で、しかも12.2メガカメラと4インチのモニタに防水機能が付いている。最新のiPhone4のモニタは3.5インチでカメラは5メガかつ防水機能がないため、それを凌ぐスペックで勝負に挑む意気込みが感じられる。その他「IS05」のモニタは3.4インチで小さめだが、ワンセグ・おサイフに、最新のAndroid2.2と自分撮りがしやすいインカメラが付いている。「IS06」のみ、ガラケー要素を排したスマートフォン路線になるようだ。
さて「スマートフォン VS ガラケー」とクラウドの関係は何か。巨大なスーパーコンピュータによる一極集中ではなく、普通のPCによる助け合いで負荷を分散するクラウドコンピューティングは、それぞれの個性を維持しながら威力を発揮できる側面も持つ。これは絶滅危惧種を守るべきだとして最近注目されている「生物多様性」の活発な議論ともリンクする。そもそも「ゾウガメの島」という意味を持つ「ガラパゴス」を、トカゲを意味する「ザウルス」の名を冠したPDA(携帯情報端末)を出していたシャープが採用するのは、イメージ的にも自然な流れだ。ガラパゴス諸島に住む動物たちの独特な生態系がダーウィン進化論の成立に大きく貢献したことを考えると、ガラパゴス的文化は尊重されるべきものだとも言える。
モバイル市場はiPodやiPhoneが登場する以前から日本が率先してきた分野でもあった。ソニーのウォークマンや任天堂のゲームボーイは世界中で人気があり、今も後継機は売れ続けている。閉鎖的な文化というなら日本語も同じだが、開国の頃に日本語を捨てようという声こそ出ていたものの、そうしなかったがゆえに川端康成さんや大江健三郎さんがノーベル文学賞を受賞するなど、世界に誇る現代の日本文学を生み出すことができた。あるいはそれがなければジャパニメーションと呼ばれ世界を席巻した、日本独自のアニメやゲームも育たなかったかもしれない。哲学者の東浩紀さんも『動物化するポストモダン』において、オタク文化は江戸文化に通じるところがあると考察していた。江戸時代に活躍した葛飾北斎らの浮世絵が、ゴッホなどヨーロッパの印象派画家にも影響を及ぼしたように、閉鎖的環境で純粋培養されなければ獲得できないイノベーション(技術革新)もあるということだ。
だからガラパゴス諸島の絶滅危惧種が保護されるように、ガラケーも世界遺産として保護されるべきであろう。そして多様な天然の地域文化とゆるく助け合いながら、空を漂う雲のようにふわりと共生していくのが、真の地球主義(グローバリズム)ではないだろうか。(工藤伸一)