本作は、ある銀行に勤める中年女性が年下の男子大学生と出会ったことで金銭感覚が狂い出し、客の金を着服した上で海外へ逃亡するという衝撃的なストーリーで、2012年の発売以来、大きな話題を呼び、2014年に原田知世主演でテレビドラマ化。同年11月15日には宮沢りえ主演で映画化されるなど大ヒットとなった。
さて、小説の『紙の月』はフィクションであるが、本小説にはモデルとなった事件が存在する。それが1973年10月に世間を騒がした「滋賀銀行9億円横領事件」と呼ばれる事件である。
1973年10月21日、滋賀銀行山科支店に勤めるベテラン女性銀行員が横領の罪で逮捕された。逮捕されたのは42歳の未婚女性Oで、彼女は10歳の年下のタクシー運転手Yとの交際を続けるため、6年間に渡り銀行の金を横領。その額は、なんと(当時にして)8億9400万円にも及んでおり、一般個人における横領事件としては、現在に至るまでトップクラスの被害額とされている。
Oは美人ではあったが、「男性に負けたくない」という思いが強く、42歳になるまでほとんど異性と交際したことがなかった。そんな中、出会ったのが10歳年下のYであった。
Oは自分に優しくしてくれたYに対し好意を寄せるようになり、交際するようになる。しかし、Yはギャンブルにハマっており、たびたびYに金を無心。最初は少額であったが、徐々に足りなくなり、次第に銀行の金にも手を付けるようになっていた。最初は少額であったが、次第に額が大きくなり1000万円という大金の催促も珍しくなかった。
Oは山科支店の定期預金すべてを管理していた上、信用もあり、支店長には全くバレず金を着服できた。Yと出会ってから6年後の1973年2月、Oの悪事がついに明かされることになる。社内異動で山科支店を離れることになったのだ。
異動になれば、自分の横領がすべてバレてしまうことを恐れたOは、突然行方をくらませしまった。その結果、滋賀銀行の調査で、Oの横領がバレることになり、Oはすぐに全国指名手配となった。
その時、Yは故郷である山口県下関市に帰っていたが、Oと交際関係にあったこと、また豪邸に住み出すなど、羽振りがよかったことから、警察が怪しみ、Yを事情聴取。すると、Oを脅して金を入手していたことがわかり、同時にOの所在も明かした。
そして、Yの逮捕から1週間後、Oは大阪府のアパートで逮捕された。この時、Oは偽名を使い、別の男性と同居していたが、Oは化粧を施し、朝夜別人のようにふるまっており、同居人にも逮捕のその日まで、Oであることがバレなかったという。
最終的にOには懲役8年、Yには懲役10年が求刑された。Yの方が罪が重かった原因は、供述の中で「Oひとりに罪を擦り付けよう」とした言動があったほか、Oの勤めていた滋賀銀行山科支店は、以前から慢性的な人手不足に悩まされており、二人分の仕事をOが担当していたこともあり、会社のシステムに落ち度があったとして、刑を減らされる形となった。
発覚から40年以上が経過した今、たった一人の女性が交際目的で9億円もの金を盗んでいた事件は類例がなく、今も語り継がれている。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)