そのCMは今月中旬、突然、テレビで放映された。解説者の江川と小林両氏が事件に絡めたセリフを吐きながらグラスを傾けるというもの。日本酒の宣伝で、酒は「黄桜」。
「いやあ、驚きましたね。ああいう形で、あの忌まわしい事件を蒸し返すのですから。なにが恐ろしいかといえば、事件をちゃっかり出演料に変えているところ。二人の感覚を疑いたくなりますよ。とりわけ江川はひどい」とベテラン記者氏。
“江川事件”とは、巨人が野球浪人中の江川と野球協約を無視して入団契約をした(1978年11月)というもので、社会的事件として日本中の関心を集めた不祥事だった。江川は栃木・作新学院時代から注目され、法政大では47勝をマークした逸材と騒がれた。クラウンライター(現西武)のドラフト1位指名を拒否し浪人の道を選んだ。
セ・リーグは両者の契約を無効とし、それに怒った巨人はドラフト会議をボイコット。会議では阪神が江川を1位指名した。事件は阪神江川と巨人小林のトレードで決着。当時、江川は「悪玉」と非難され、小林は「善玉」として同情を買った。
このCMはご丁寧に、江川がキャスターを務める日本テレビの番組で予告を流した。その中で江川は「ずっと小林さんに会って謝りたかった」と言い、このCMまで「時間がなくてそれができなかった」と言い訳している。
「笑わせないでほしい。江川は巨人に9年間しか在籍しなかったし、小林だって早々と球界から去った。会って謝る時間なんてたっぷりあった。日本の首相と米国の大統領だって簡単に会える。売れっ子でもない江川と小林が会えないなんて、いい加減なことを公共の電波で流すな、と言いたい」(球界幹部)
あの事件では多くの関係者が悪者になった。トレードの「強い指令」をだした当時の金子コミッショナーを始め、巨人の長谷川球団代表、阪神の小津球団社長、鈴木セ会長らである。いずれも故人。江川の後見人だった政治家も亡くなった。
「事件の重要関係者が既に故人となったのを見計らって、事件を“二人の悲劇”仕立てにしているともいえる。亡くなった関係者は真相を墓場まで持っていた。彼らは、江川をプロ野球界でプレーするレールを敷いてくれた人たち。それを思うとCMを見る気がしない」(評論家)
江川にすれば、いつか“汚名返上”のチャンスを狙っていたのだろう。片や小林はユニホームを脱いだ後は不遇、との声を聞く。北陸のゴルフ場に勤めていたこともある。「経済的にも余裕がない、といわれている」と語る野球人もいた。
そういった状況を考えると、このCMは“訳あり”の臭いがする。「江川事件を知っている年齢は日本酒を好む年代。素直に飲めないという感じがする」とテレビ関係者。
巨人は複雑のようである。「せっかくファンが忘れているのに…。寝ている子を起こすな、と言いたいね」と球団関係者。あの事件で読売新聞は購読者を多く失い、それを戻すのに大変な苦労をした。「これで江川の次期巨人監督は完全になくなった」と巨人OBは断言する。