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達人政治家の処世の極意 第十一回「渡部恒三」

 「人生は邂逅である」という言葉がある。邂逅とは、人との出会いを指す。考えてみて欲しい。男の平均寿命約80年、その間に“本当の話”が出来る相手と何人出会うだろう。結局は通り一遍の付き合いで終わり、心を許せる真の友人などは、生涯2、3人出来れば上々である。それでは長い人生、いかにももったいない。友人の輪を、出来れば広げたい。そのほうが、断然、人生は楽しい。それを生きる座標軸にしたのが、福島・会津出身のズーズー弁で人気のあった渡部恒三・元衆院副議長であった。
 政界というところは、自分に利ありとなれば、平気でそれまでの人を裏切る人物がウヨウヨの「魔界」である。しかし、渡部は自らの支援者はもとよりどんな若い議員、未熟な記者であっても、相手が裏切らぬ限り、自らは常に相手と前向きに接した。それが表記の言葉である。結果、それらの人の後押しを受ける形で、厚生大臣、自治大臣、通産大臣などの要職を歴任、立法府の最高位にあと一歩の衆院副議長まで登りつめることができたのであった。

 筆者も渡部とは長く取材等でお付き合いをさせてもらったが、初対面で渡部はまだ未熟なこの若い記者にこう言ったものである。
 「若さは、足りないことだらけで当然だ。勉強をすればいい。大事なことは、ケシカランことは当然書いていいが、取材相手に誠実に接することだ。君がそう接してくれれば、僕は生涯付き合う気構えで君に接する。何でも聞きに来てくれ」と。結局、渡部が政界引退するまで40年の付き合いとなったが、こう接しられるとちょっと厳しいことを書こうかと思っていても、書けなかったことが多々あった。憎めない性格、人の良さ、人情家に見事にヤラレてしまったということでもある。

 人情家については、こんなエピソードがある。一時、「天才」「気鋭の論客」と売れっ子作家・評論家だった故小室直樹とは旧制会津高校で同級生であった。高校に入った時、皆が英語の教科書に目を皿のようにしている一方で、すでに世界史などを原書で読みふけっていたのが小室であった。神がかり的な秀才と言われていた。しかし、小室は母1人子1人で生活が貧しく、味噌・醤油の醸造業で成功した旧家の生まれだった渡部はメシの食えない小室を、家にただで下宿させてやった時期がある。小室は「何か家の仕事を手伝わないと悪い」と言い、渡部は「それなら庭に水でも撒いとったらいい」と言った。小室は庭に水をやるのを日課としたが、雨の日でも黙々と水を撒いていたのだった。後日、渡部は「天才とはこういうものだ」と思ったそうである。
 卒業後、小室は東京大学へ、渡部は早稲田大学に進んだが、会津高校での別れの日、2人は学校の裏山に登り「オレは学者になってノーベル賞を取る」「オレは総理大臣になるぞ」と誓い合った。その後、小室は天才ながらいささか異端の扱いを受けたことでノーベル賞は取れず、晩年は必ずしも恵まれた人生とは言えなかった。しかし、渡部は東京・石神井公園の3畳間のアパートで暮らす小室を心配し、多忙な政務の間をぬってはこの3畳間を訪れることを怠らなかったものだ。渡部にとっては、人との付き合いかくあるべしの実践でもあったのである。

 もっとも、こうした対人関係の“渡部流”には、一方で「八方美人」との周囲の警戒も当然あった。昭和59年暮れのある夜、竹下登が田中角栄に“反旗”、東京・築地の料亭『桂』でやがては竹下政権の母体となる『創政会』旗揚げを決意する会合が秘かに開かれた。この時、集まったのが竹下を先頭に田中派の幹部14人だったが、同じ幹部の渡部はこのメンバーからはずされたのである。竹下の、「アイツは“八方美人”だからこの会合を田中の耳に入れるかも知れない」との疑心からだった。渡部はやがて誕生する竹下政権を夢見ていた1人だっただけに悔し涙を流したが、のちにこう言っている。「人がそう見るのなら仕方がない。誰もが人の真情を理解してくれるものでもない。でも、自分を分かってくれている友人は山ほどいる」と。
 言うまでもなく、友人、人脈に優る財産はない。加えるなら、“渡部流”の生き方は少なくとも自らに忠実であったということで悔恨が残らないということである。=敬称略=

■渡部恒三=衆議院副議長(第60・61代)、厚生大臣(第64代)、自治大臣(第39代)、国家公安委員長(第49代)、通商産業大臣(第55代)、無所属の会代表、民主党最高顧問を歴任。自由民主党所属時代は竹下派七奉行の1人。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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