その男性の霊は、長身でチェック柄の服を着ていた。出会い頭に正面からぶつかりそうになったのだが、うまくかわすことができたという。どうやら目が不自由なようだった。
驚くべきことに、その男性の霊は、その後、しばし食券とランチを交換するカウンターの列に並んでいた。
霊がランチの列に並んでいるのだ。
だが、カウンター前に到達し、いざ食券を交換するときに消えたという。
この霊はランチに未練があるのか、それとも死んでいることを自覚していないのか。Nさんは言った。
「とにかく、あの霊はお腹が空いていたのでしょう」
このランチの列に並ぶ霊と同様のものかは不明だが、Nさんは数カ月後、再び同じような「腹ペコ幽霊」と遭遇することになる。
朝10時ごろ、Nさんは彼氏の自宅で奇妙な声を聞いた。それも、彼氏の部屋の壁から声が聞こえたというのだ。
「腹減ったぁ〜!」
この第一声は普通の声ではあったが、彼氏の家族の誰の声とも違う。戸惑っているうちに、続いて第二声が聞こえてきた。
「腹減ったぁ〜!!」
同じセリフであったが、妙にキーが高い。まるで「宇宙人のような高音」とNさんは振り返っている。
(おかしい、これは変だな、お母さんかな?)
Nさんはそう思い、となりの部屋をのぞいた。隣の部屋は彼氏の母親が使っている。だが、まだ部屋は暗く、就寝中であった。
(ええっ……じゃあ、あの声は)
その部屋をのぞいた時に、今度はその部屋の壁から声が聞こえた。
「腹!! 減ったぁ〜!!」
二回目の声と比べてもキーが高くなった。声も微妙に震えている。
(おかしい。やっぱり彼氏の部屋とお母さんの部屋の仕切り壁の中から聞こえている。この壁の中から)
Nさんは待ち構えていたのだが、それ以降は変な声が聞こえることはなかった。
どうやら、腹ペコ幽霊は壁の中に潜んでいるらしい。
幽霊になっても空腹に悩まされ、行動に移してしまう霊もいるようだ。
(山口 敏太郎)