昔、上中島(現在の豊田市畝部東町中島)に吉五郎という宮大工が住んでおり、おこんという美しい女房と暮らして いた。腕のよかった吉五郎は伊勢神宮や熱田神宮の修理にも出掛け、家を留守にすることが多かった。
ある年の夏、蛍が大好きだったおこんは、蚊帳の商いをする近江商人に琵琶湖の源氏蛍をもらった。大変喜んだおこんは毎日蛍を見ながら暮らしていた。しばらくして、吉五郎が帰ってくると、その蛍が気になったのでおこんを問いただした。「近江の商人から貰った」と打ち明けた。
嫉妬した吉五郎は酒の勢いもあって、手元にあった斧をおこんに振り下ろした。殺気を感じたおこんは外へ飛び出すと、吉五郎は執拗に追いかけてきた。「あの蛍さえなければ、あの蛍のために」と、おこんは口走りながら逃げた。
翌朝、路傍におこんの死体と血だらけの斧が転がっていた。しかし、吉五郎 は行方不明になってしまった。不憫に思った村人はおこんを手厚く葬った。
葬儀の時、一匹の蛍がおこんの棺から飛び出した。その晩、一匹の大きな蛍が隣村の家に舞い込んだ。すると、その家は火事になり全焼してしまった。その後も蛍が舞い込んだ家は火事に見舞われた。蛍はおこんの亡霊ではないかと恐れた村人は地蔵を建てお参りした。それ以後、蛍が引き起こす火災は起こらなくなったという。
(写真:「おこん地蔵」愛知県豊田市永覚町)
(皆月 斜 山口敏太郎事務所)