この『天狗の爪』とされるものの大きさは数センチほどで、少し曲がった円錐状。全体的に黄土色から茶色へのグラデーションがかかっており、表面にはびっしりと細かい筋が縦に走っている。先がやや欠けており、よくよく観察すれば人の手が加えられているわけではない事が分かる。一見したところでは石に近いが、どちらかと言えば骨に近い質感もある。果たして、この物体は何なのか。もしかして本当に妖怪、天狗の爪なのだろうか?
勿論本物の天狗の爪ならば面白いのだが、実はこれは鑑定の結果古代爬虫類のモササウルスの歯の化石であることが判明した。モササウルスは中生代にその巨体とワニのような大顎でもって海を暴れ回った凶暴な海棲爬虫類である。ところが研究の進んだ現代ならいざ知らず、科学的知識に乏しかった昔の人はこれらの化石が「何らかの生物の牙や爪らしい」ことに思い至っても、正体までは分からなかった。そこで、身近な生き物とは全く別のもの、『妖怪』の爪や牙であると考えたのである。
ちなみに、こういった天狗の爪などを寺宝として祀っている寺社仏閣は日本各地に存在する。例えば埼玉県瑞竜山法雲寺には古代の鮫の歯と考えられるものが『天狗の爪』として奉納され、現代まで残っている。法雲寺は埼玉県の古刹であり、また『新編武蔵風土記稿』などの記述から修験道との関連性も考えられている。天狗は修験道とも関わりの深い妖怪であるため、天狗にまつわる寺宝が存在すると言うことは、非常に興味深いと言えるだろう。
(山口敏太郎事務所)