「キャバクラで色々な人と接して思ったのは、皆それぞれに、その人の匂いというのがあるんだなということ。それは香水の匂いだったり、仕事場の匂い、そしてその人本来の持つ匂いなどですね」
美音は匂いに人一倍敏感だった。元々綺麗好きな彼女は、自室の部屋も常に換気をして空気を入れ替えないと気が済まないタイプだという。そんな美音にとって、キャバクラという空間は過酷を極めた。
「部屋に充満するタバコの匂いなどは、健康被害の部分を除けば、そこまで嫌な匂いじゃないのでなんとか我慢できました。でも一番苦手だったのは、元々口臭がキツイ人。接客していても笑顔が曇ってしまうんです。あと飲み会帰りにラーメンなどのにんにく系を入れた後で来店する人もキツかったですね」
美音にとって、人の口から出たにんにくの匂いは、体調を悪化させるほどの破壊力を持っていた。あまり酒に強くない彼女は、酔いが回っている時にその匂いを嗅ぐと、気持ちが悪くなりトイレに駆け込むことも珍しくなかったという。
「匂いというのは相手から飛んできた粒子が、鼻の粘膜に引っ付くことで感じるんですよ。それって考えたら気持ち悪くないですか? 私は苦手な匂い物質が自分の中に入ってくること事態が、どうしても我慢できなかったんです」
その匂いによって客とうまく接することができなくなった美音は、キャバ嬢としての限界を感じ、夜の世界を棄てた。もう接客はコリゴリだと語る彼女は現在、人と対面することが少ない事務作業員として都内で働いているという。
(文・佐々木栄蔵)