立川といえば、「箱根駅伝予選会」「立川マラソン」という学生、実業団の大会会場である『昭和記念公園』が存在。勿論、市民ランナーが参加する一般のランニング大会も当地では数多く実施されている。
そんな“ランニング熱”の高い立川だけに、新番組の打ち合わせ最中、局関係者が僕に質問をする内容は、ランニングに関する事。その中で特に多いのが「どうすれば、自己ベストが出せるのか−−」というものだ。今回は、それをテーマに綴っていこうと思う。
市民ランナーは試合に出場すると、必ず自己新を狙いに走る。それも全試合だ。
この“意識の高さ”には脱帽するしかないが、果たしてそれは「プラス作用に働く」のか、それとも「マイナス作用に働く」のか−−。
結果を言ってしまえば、「マイナス」でしかない。最近、このコーナーでは、市民ランナーが実践している事を批判ばかりしているので、勘のいい読者は「答えはマイナス」と感じていたかもしれないが…。
それはともかく、ではなぜ市民ランナーが「自己新を狙うとマイナス作用が働く」のか−−。答えは簡単。市民ランナーは何だかんだ言いつつも、気持ちの上では前述の通り「出場する試合全てが自己新狙い」であるという点、それが大問題だからだ。
彼ら(市民ランナー)にはいささか信じられないだろうが実業団選手は、そのような「(全試合自己新狙いという)計画性の無い」試合選びをしない。事実、市民ランナーのように「毎試合自己ベストを掲げて走っている」と仮定すると、大げさでは無く99%“失敗レース”…つまり自己ベストには到達できない結果となってしまう。
実業団選手はターゲットになる試合を1シーズン概ね1試合決めて、それに向かって調整をしていくのだ。そう、最も分かりやすい例えが競走馬=競馬と同じ原理であるという事だ。
具体的な例を競馬にして上げてみる(僕はあまり競馬には詳しくないので、開催時期などが変更になっているかもしれないが…)。
競馬は9月から秋冬シーズンのGI戦線に向け、本格化。ある馬が年末に開催される「有馬記念」をピークに持っていこうとした場合、以下の3パターンでの調整が通常、考えられるだろう。
(1)長期休養明けであった場合は「オールカマー→毎日王冠→天皇賞(秋)→ジャパンカップ→有馬記念」。この場合は、放牧中の実践不足を補うため、少し早目だが9月開催のオールカマーから始動。オールカマーでは着順や走破時計では無く、レース展開を重視。(道中の)馬の動きや(ラストでの)叩き合いの中で(馬の)反応を見る。要は、結果よりも、実戦感覚を取り戻す為に出場するという事だ。そして秋2戦目の毎日王冠でいよいよ本格的に馬の動きをチェック。時計はともかく、勝負を意識した調整にする。続いて天皇賞(秋)。ここで7〜8分くらいの仕上がりにし、秋のGI初戦に臨む。仮に優勝したら、「予定通り有馬記念に出場する」か、それとも「このままの勢いでJCに臨み、その後休養する」か、「ここで秋冬のレースを終わりにし、春のシーズンまで思い切って休ませる」か−−三者択一の選択に迫られる。いずれにしてもGIのタイトルを奪取したので、無理はさせないという判断が前提となる(無理に参戦させて故障にでもつながったら一大事だからだ)。
(2)春のGI戦線、それなりに走った場合は「毎日王冠→天皇賞(秋)→ジャパンカップ→有馬記念」。こちらは順当な調整方法で秋初戦から(1)の毎日王冠時と同じ調整になる。ここでも天皇賞(秋)やジャパンカップといったピークを狙った競走(有馬記念)以前にタイトルを奪取した場合は、(1)と同じ選択肢を馬主、調教師がセレクトするだろう。
(3)いきなり天皇賞(秋)にぶつけてくるパターン。これは両極端で、仕上がりが順調過ぎて、馬を前哨戦のレースに使うと、馬自身がピークを前哨戦に持って行ってしまう恐れがある場合。敢えて厩舎の中に入れておき、馬の「走りたい」欲求を我慢させる戦法だ。この状態だと、本番に一気に爆発する。ぶっつけ本番の理由として、もうひとつ考えられるが以下だ。調整が思い切り遅れており、ここから(天皇賞・秋)でないと始動出来ない場合だ。ただ、こちらも休養十分な為、レースでいきなり本調子になってしまうことも。絶好調と絶不調という両極端だが、どちらも天皇賞(秋)で勝利する可能性を秘めており、「有馬記念」までの調整が困難を極める。
というような事が考えられる。これは競走馬スタンスではなく、陸上長距離も同様であるという事。補足すれば、長距離は展開も競馬と同じで、「大逃げを打つタイプ」「先行タイプ」「好意差しタイプ」「追い込みタイプ」…などがある。
この事から、実業団選手はマラソンも自分が決めたレース(通常1試合)にピークを持っていくような調整を実行。それ以外の大会は自分自身で「前哨戦のテーマ」を決め、そのテーマに則した走りを心がけるようにするものなのだ。
西田隆維の場合、12月の「福岡国際マラソン」、又は年跨ぎ翌年2月開催「琵琶湖毎日マラソン」若しくは3月開催「別府大分毎日マラソン」に照準(ピーク)を合わせていた。
そうなると、9〜10月の大会は「身体作り」の一環。記録より、身体の状態を確認する事に重点に置き、記録や順位が悪かろうとも全く意に介さなかった。
それが、市民ランナーはどうか−−。
彼ら、彼女たちの「表向き」は僕と同じように「ピークは『河口湖マラソン』なので、それ以外の試合は調整の一環」という。
ところがどうして、どうして−−。
調整の一環で出場した10キロロードレースであったはずだが、自己ベスト35分30秒の市民ランナーは36分15秒…表彰対象の3位であっても不満顔なのだ。ところが、順位は15位であったとしても35分10秒で走破した場合はどうかといえば、こちらは偉くご満悦だったりする。この事からも、市民ランナーは「公言はともかく、本音ではいつも自己ベストを狙っている生き物」なのだ。
僕は調整で出場した「日体大記録会」で例え、1万メートル28分30秒という自己新をはじき出しても全く嬉しくない。逆にピークに持っていく国際大会に向け、一度調子を落とす作業に入る事になり、こちらの方が難儀だ。状態は常に上げたり下げたりの繰り返し。いつも、自己ベストを狙っていては、肝心の試合でベストパフォーマンスを披露することなど出来ないのだ。
それを理解しない市民ランナーは、出場する大会全てに全力。仲間内には「今日はキロ3分半ペース」と言っていながら、最初の入り(1キロ地点)が3分15秒であったりすると、そのまま押して(ペースを上げる)行こうと思うのだ。
しかも、秋から冬にかけ、市民ランナーは平均して月2〜3試合、こなしている。これら全て前述の通り、本音では自己新狙い。これでは、自分が最も輝きたい大会でベストパフォーマンスなど出来るはずなど無い。
僕は、市民ランナーに対して恨みもやっかみもない。ただ、指導者の力量不足やランニング雑誌の「(本音を語らない)ご都合主義的」な主張が気に入らないだけなのだ。
最後に市民ランナーはもう少し、実業団選手に関心を持つべきだと思う。彼ら(実業団選手)は、如何にして、より効率的に練習を行い、試合に臨んでいるのか−−それを知り、学んだ上で、試合に臨むべきだと考える。
※写真は「FMたちかわ」で。パーソナリティーの竹口浩子さん、当放送局の看板アナ・三谷啓子さん、僕の番組のディレクター・鈴木さん…と僕です。毎週土曜日正午より、生放送9月3日スタートです。
<プロフィール>
西田隆維【にしだ たかゆき】1977年4月26日生 180センチ 60.5キロ
陸上長距離選手として駒澤大→エスビー食品→JALグランドサービスで活躍。駒大時代は4年連続「箱根駅伝」に出場、4年時の00年には9区で区間新を樹立。駒大初優勝に大きく貢献する。01年、別府大分毎日マラソンで優勝、同年開催された『エドモントン世界陸上』日本代表に選出される(結果は9位)。09年2月、現役を引退、俳優に転向する。