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愛知県尾張地方の怪異「竹切りの怪」

 寛文8(1668)年、 尾張の剣豪・柳生連夜斎は、前津・小林(現在の名古屋市大須)にある城跡を隠居所と決めた。城跡は荒れ果た状態のため、村人に頼んで荒地を開墾することにした。竹薮を切り開き、伐採した木々は束にした。「束にした木や竹は薪にしなさい」と、連夜斎は村人に与えた。

 薪を持ち帰った村人の中に、利兵衛という者がいた。利兵衛は薪で風呂を沸かしていると、急にケタケタと笑い出し、風呂の戸を何度も叩き続けた。また佐助という者は、勝手場で薪に火を付けると、何の前触れもなく、手にした鉈を振り回し始めた。家の者は暴れまわる佐助を恐れて、誰も近づこうとしなかった。やがて、暴れ疲れた佐助は鉈を自分の首にあて、自殺してしまった。

 連夜斎は利兵衛や佐助のことを聞いて大変驚いた。何故、二人がそのようなことになったのか原因が解らなかったからだ。昨日切り開いた竹薮に何かあると、連夜斎はそこを調べてみた。竹薮の中には小さな二基の石塔が建っていた。それは、小林城の城主・牧長清とその奥方の墓であった。連夜斎は二人の墓を新しく建立し、丁寧に弔った。

 それから、村で奇妙なことは起こらなくなった。しかしその後も連夜斎の屋敷には、しばしば幽霊が姿を見せていたという。裃をつけた礼装の姿をした武士の幽霊で、夜中になると現れた。連夜斎は幽霊を恐れることなく、まったく相手にしなかった。ただ幽霊が現れた翌朝には、牧長清の墓の前で長い間手を合わせるのが日課となったという。連夜斎の屋敷跡は、現在では矢場地蔵で有名な清浄寺となっている。

(写真:「清浄寺」愛知県名古屋市中区大須)

(「三州(さんず)の河の住人」皆月斜 山口敏太郎事務所)

参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou

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