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【不朽の名作】神がかった“クソ映画”「シベリア超特急」

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 1996年、『金曜ロードショー』の映画解説者として人気だった映画評論家の水野晴郎氏が、マイク・ミズノ監督として自らメガホンを取った作品『シベリア超特急』が誕生した。後にシリーズ化、舞台化までし、映画で5作、舞台で2作の計7作品も制作されたが、この作品、決して出来がいいとはいえない。

 いや、出来が良くはないというより、確実に出来の悪い部類だ。口汚く表現すれば、クソ映画だ。しかし、この作品は凡百の「駄作」、「クソ映画」といわれる作品とは違う。クソ映画で有りながら、どこか魔力めいたものを持っている。なんだか良くわからないが惹きつけられてしまう、「神がかったクソ映画」なのだ。その妙な魅力は、後に同作の熱狂的なファンがついたことでも明らかだろう。今回はまだ同作を鑑賞していない、または鑑賞したら負けだと思っている人に向けて、この作品の神がかった魅力を紹介したい。

 まずこの作品、ひとつひとつの部分を取り上げていくと、とにかく酷い部分が目につくのだが、全体的な展開として考えると、十分飽きないような展開になっている。作品の舞台は第二次大戦まっただ中の1941年で、独ソ戦開始直前の、ソ連領から満州国に向かうシベリア超特急内だ。ここの一等車両で次々と殺人事件が起こるという形式になっている。この殺人事件を水野氏演じる、山下奉文陸軍大将が解決するという訳だが、それなりに電車の車内という限られた空間を上手く使っている。

 実はこの、車内を上手く使えているのには理由がある。全体的にアルフレッド・ヒチコック監督のサスペンス映画を参考にしているからだ。というより、移動型密室という設定を考えると、ヒッチコック監督の『バルカン超特急』そのままの部分も多い。車内で突然人がいなくなるあたりなどもそっくりだ。前記したが、この映画公開は1996年だ。そんな時期に、戦前から活躍していた監督の作品の、コテコテ演出を使ってしまうあたりが凄い。おそらく映画をあまり見ていない人には一周回って斬新な演出に映るだろう。しかも、コテコテをそのままトレースといった形で、ダメな方向に向いそうな、自分流のアレンジが殆どない。この一点だけで、クソ映画な本作を、それほど苦痛のないものにしている。時々役者が瞬間移動する杜撰な演出はあるが…。これは水野氏の敬愛する偉大な監督に対するリスペクトがあったから出来た行動だろう。変にアレンジしなかったことが良い方向に働いた。
 
 さらに、同作を論議する際に話題になる、水野氏扮する山下大将の棒読み演技についてだが、これに関しては弁護の余地がないほど確かに酷い。たぶん、ほとんどの人が最初の「ボルシチ美味かったぞ」のセリフだけで、「あ、ダメだこれは」と思うか、あまりの棒読みに吹き出すはずだ。しかし、しばらくするとこの棒読みも癖になってくるはずだ。

 それは、この作品の推理形式が「安楽椅子探偵」という方法とっていたからだ。殺人現場発見や、状況証拠集めは、 佐伯大尉役の西田和昭と、青山一等書記官役の菊池孝典がほぼ担当。当の山下大将は、クドすぎる登場シーンもなく、ほぼ客室から動かずに謎を解明してしまう。しかも、ポツンと微動だにせず座っている山下大将に、映画を観賞しているうちに、まるでマスコットキャラのような可愛らしさを感じるという錯覚に陥る。史実の山下大将はシンガポール戦で、英国軍のパーシバル中将に、「イエスかノーか」と降伏を迫るなど、勇ましい姿で有名だが、実際は穏やかな性格の将軍だったらしく、案外こんな感じだったのではと思ってしまうほどだ。そんな水野氏の、何とも言えない存在感に、中盤を過ぎると多くの人が水野氏の棒読みセリフを期待するようになってしまうだろう。

 その他にも、車掌が殺害されたのに止まらない列車、登場人物を殺しすぎてもはやサスペンスとして成立していない、車内セットの質感はそれなりにいいのに、全く動いている感じのしない列車などなど、酷い部分をあげればキリがない。しかし、それでも不思議と観続けてしまう。この魔力はなんだろうか…。もうこれは水野氏の映画愛と、この作品に込めた、ひとつの強烈なメッセージの力というしかない。

 映画愛については、前記したヒッチコックや、市川崑監督などの映画を、とにかくよく見て作っているというのが伝わってくるので、わかりやすいとは思う。拙い演出は多々あるが、それでもちゃんと、偉大な先輩たちを参考に面白くしようという気概が作品から伝わってくる。変な方向に「我」を出していないのだ。感想文のような表現になってしまうが、水野氏はとにかく本当に、映画を観るのが大好きだったのだと思う。その強い念のようなものに、鑑賞者もひきつけられてしまう。

 さて残ったメッセージについてだが、最後に用意されている2回の「ドンデン返し」がそれに当たる。それこそ、水野氏が本作の監督だけではなく、原作・脚本さらに楽曲の作詞まで手がけた理由なのだろう。08年に亡くなっている水野氏のいいつけを守り、ネタバレは避けるが、掟破りすぎて良い方向か、悪い方向かはわからないが、とにかく、「えええええええ!?」と困惑すること間違いなしだ。全てを観終わった後、おそらくこの映画のジャンルがサスペンスではなかったことに気づくだろう。DVDでは、本編前と後に、水野氏が自分の映画を解説した映像が入るのだが、その解説中に、「シックス・センスのオチにシベリア超特急を観ていたのでビックリしなかった」という意見をファンからもらったという話をしている、ある意味その通りだと思う。とにかくこの映画、ダメさも含めて一見の価値はある、そんじょそこらのクソ映画、駄作映画とは格が違うぞ。

(斎藤雅道=毎週金曜日に掲載)

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