首相と親交のある経済人は苦笑しながらこう話す。
安倍首相がレガシーを目指すのには理由がある。吉田茂のサンフランシスコ講和条約(1951年調印)、大叔父である佐藤栄作の沖縄返還(1972年)など、長期政権を担った歴代の首相は皆、歴史教科書に載るような大きな実績を残しているからだ。
安倍首相が目指すレガシーは3つあると言われる。(1)日本人拉致問題の解決と日朝国交正常化、(2)北方領土返還実現と日ロ平和条約の締結、(3)憲法改正だ。
だが、拉致問題は解決にほど遠く、もはや北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長から全く相手にされていない。ロシアのプーチン大統領とは、ただ会談を重ねているだけで北方領土の返還は絶望的。そこで、改憲だけは何としてでも実現させようと、自民党内にハッパを掛けているのが現状だ。
どん底だった経済を再生させたとの指摘もあるだろう。
確かに、大胆な金融緩和と財政出動を柱としたアベノミクスで、日経平均株価は2万円超にまで回復。失業率、有効求人倍率といった経済指標を軒並み好転させた。
しかし、アベノミクスの「3本の矢」の技術革新は見事に不発。日本経済を牽引する新たな成長分野は一向に育たず、この5年で次々と巨大テック企業が現れた米国や中国とはあまりにも対照的な結果となった。
経済官庁の某幹部は「国内総生産(GDP)はいまや中国の3分の1で、5年後にはインド、東南アジア諸国連合(ASEAN)の下になる。1人当たりのGDPは間もなく韓国に抜かれるだろう」と予測する。
詰まるところ、安倍首相は3つのレガシーが実現できないばかりか、日本再興も中途半端に終わり、日本を世界の周回遅れの国にしてしまった。これが、第2次政権が発足した2012年12月から7年近い歳月の総括だ。
外交に失敗した安倍政権だが、倒れることはなかった。野党が仲違いばかりして、国政選挙の度に共倒れしてきたからだ。この構図に大きな変化はなく、安倍首相はなお意気軒昂だ。それでは、残りの任期に何を目指すつもりなのか。
全国紙の首相官邸詰め記者が話す。
「やはりレガシーを求めていくでしょう。中でも、7月の参院選で『論議の推進』を公約に掲げた憲法改正に全力投球するつもりです。自衛隊の存在明記を柱とする9条改正が本丸です」
安倍首相は改憲を進めるため、9月の人事で衆参両院の憲法審査会長にそれぞれ自民党の佐藤勉元国対委員長、林芳正元農相を充てるなど、体制を一新した。
佐藤氏は野党に知己が多く、林氏は温厚な実務派だ。首相は2人に野党と協調して議論を進めさせ、あわよくば次期通常国会に改憲原案を提出し、早ければ会期末までに初の改憲発議を行う日程を描いているという。
★画策する「改憲大連立」
参院は改憲に協力的な日本維新の会を加えても、改憲勢力で3分の2の議席を4議席割り込んでいる。だが、首相はそこにも手を打っている。
先の記者によると、国民民主党の榛葉賀津也氏と羽田雄一郎氏、離党を表明した桜井充氏、参院埼玉補選で当選したばかりの上田清司氏の4人は「すでに改憲勢力にカウントされている」のだそうだ。
国民民主党には他にも改憲派が多くいる。実は参院選前後に、自民、公明両党と国民民主党の大連立政権を画策する動きがあった。かつて「政界仕掛け人」として名を馳せた亀井静香氏が中心となって動いていたのだ。
亀井氏が語ったところによると、「安倍首相も、国民民主党の玉木雄一郎代表もOKだったが、国民民主党内で賛同が得られず、野党で固まる方向に流されてしまった」という。
玉木氏がどこまで亀井氏の話を本気で聞いていたのかは不明だが、官邸ではその頃、国民民主党と日本維新の会を加えて「改憲連合」をつくる動きが浮上していた。
改憲に消極的とみられている大島理森衆院議長の交代を探る動きも表面化した。後任に挙がったのは、自民党の二階俊博幹事長と細田博之改憲推進本部長だ。今は静かになったが、自民党関係者は「天皇陛下の即位礼正殿の儀が終わり、大島氏に思い残すことはない。交代の可能性はまだある」と指摘する。
野党の切り崩しを進め、改憲に消極的とみられている大島議長交代も辞さない安倍首相。だが、首相が「公正で円満な改憲論議」を呼び掛けながらも、始まったばかりの臨時国会と次期通常国会で、野党が徹底抗戦を貫いた場合はどう出るつもりなのか。
★中距離ミサイル首都圏配備
永田町では、その先にあるのは東京五輪・パラリンピック後の「改憲解散」だとの見方でほぼ一致する。
首相に近い関係者によると、首相は9月の内閣改造・自民党役員人事の際、菅義偉官房長官に「解散なら4選だ」との考えを伝えたという。衆院解散・総選挙に踏み切るのなら、自民党総裁選で連続4選を目指すという意味だ。
首相はまだ態度を決めていないとされるが、発言は自民党の一部にも流れ「首相は4選に意欲がある」と受け止められた。
衆院選で勝利すれば2021年9月までの総裁任期がさらに延長されるのは確実で、最長で’24年9月までの12年近くにわたる超長期政権となる。その間にいよいよ改憲発議と国民投票を行い、9条改正を実現させるという算段だ。
それでは、絶望的とされる日朝、日ロ問題はどうするつもりなのか。
実はいずれもがいま、大きな岐路に差し掛かっているのだという。
安全保障の専門家の間では、以前から言われている話ではあるが、日本は北朝鮮の完全非核化を断念し、北朝鮮の核ミサイルへの抑止力を得るため、近い将来、米国の中距離核ミサイルの傘に入る可能性があるというのだ。
この場合、日朝関係はさらに悪化し、拉致問題の解決と国交正常化は全く見通せなくなる。ロシアの強い反発も招くため、北方領土返還を見据えて日ロ間で進めてきた平和条約締結に向けた協議も、ほぼ白紙に戻るだろう。
日本への核配備などにわかに信じ難いが、全国紙政治部デスクによれば「極東地域の安全保障環境の大きな変化が背景にある」のだという。
「トランプ米大統領が、ロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約の破棄を決め、8月に失効したのが始まりです。条約に縛られない中国に対抗するためで、トランプ政権は2年以内に、極東への中距離ミサイル配備を進めるつもりです。この煽りを安倍政権はまともに受けているのです」(同)
「中国封じ込め」が最大の課題となったトランプ大統領は、もはや北朝鮮への関心を失ったようだ。10月上旬にスウェーデンで米朝協議が開かれたが、米国は「検討不足の融和的な案を示した可能性が高い」(外務省幹部)という。
それは北朝鮮が、核開発拠点である寧辺の施設を廃棄すれば、制裁を部分解除する内容だとされる。他の場所でも核開発は行われているのに、寧辺だけで済ませれば、北朝鮮を事実上の核保有国として認めることにつながる。
先のデスクが続ける。
「米国は、北朝鮮の核開発を現状で抑え込み、早く中国に立ち向かいたい。代わりに日本へは、中距離ミサイルの極東配備の流れの中で、抑止力を提供していくということなのでしょう」
配備の候補地としては米領グアムの他、米軍基地が集中する沖縄などが挙がっており、日米間の協議はすでに始まっているという。横田(東京)、横須賀(神奈川)など在日米軍の中枢機能がある首都圏も対象になるかもしれない。
配備されるのは核弾頭を乗せない通常型だとされるが、究極的には核配備の可能性は残るため、強い反対運動が起きるのは必至だ。しかし、北朝鮮が現実に核武装するなら、安倍首相は相当な覚悟でこの難局に臨む必要がある。
北朝鮮は自国の安全保障の観点から、在韓米軍の撤退や戦略兵器の撤収を強く求めてきたが、かえって軍備が増強されることになるため、トランプ政権への不信感を強めている。米国に従うだけの日本と対話する余地などない。
★米中ロ対決姿勢で「新局面」
北朝鮮は9月、故金丸信氏の次男の金丸信吾氏による訪朝団や、日本医師会幹部らの一行を相次いで受け入れた。日本との関係は維持するつもりのようだが、「前提条件なしでの日朝首脳会談」は実現の見通しが全く立たない。
安倍首相が模索しているとされる、東京五輪に金正恩氏を招く案はほぼ消えたばかりか、北朝鮮が五輪をボイコットする懸念もあるのだという。8月の世界柔道選手権(東京)に北朝鮮は選手を派遣しなかった。
歴代最長政権となるいま、安倍首相は、誰もできなかった改憲に取り組む一方、極東で進む「今世紀最大の試練」(外務省幹部)に対処するため、衆院解散・総選挙で勝利し、総裁4選と任期延長に道筋をつける――。
このシナリオが首相の頭の中にあるのは間違いない。もちろん、この通りにならない可能性もある。4選を断念して東京五輪を「花道」に退陣するかもしれないし、解散を断行しても大敗する可能性だって十分にある。
そうなれば安倍首相の辞任は不可避で、改憲は夢で終わる。ただ、国際情勢の動きは急だ。
トランプ大統領は米中ロ3カ国の軍縮協議の呼び掛けもしているが、決裂し対決姿勢が強まる時、日本は新たな局面を迎える。
安倍首相は仲介役としての出番であり、対処できるのは自分だけだと強く思うだろう。そうした首相に、最長であと5年任せるのがいいのか、長すぎるからと交代を迫るのがいいのか、国民はよくよく考える必要がある。