「500円前後の特急料金で過酷な満員電車での通勤を避けられるため、サラリーマンの利用頻度が高まっています」(鉄道アナリスト)
そもそも、「通勤ライナー」の草分け的存在は小田急電鉄だ。同電鉄は、新宿(東京)と日本を代表するリゾート地、箱根(神奈川)を結ぶ「ロマンスカー」をいち早くビジネスマンを対象にして利用を試みてきた。大手私鉄関係者が語る。
「小田急電鉄は、1960年代には特急券を購入すれば定期券でも特急乗車できるとした通勤ライナーの草分け的存在です。今は本厚木駅(神奈川)や藤沢駅(神奈川)から、午前9時30分までに新宿駅に到着する特急ロマンスカーが複数本運行しています。料金も安く、本厚木駅から新宿駅までが570円。座席指定でコーヒーを飲みながらパソコン作業もできるため、満員電車の“痛勤”から解放されると人気を得ています」
京成電鉄も「通勤ライナー」の導入が早かった。
「京成電鉄は特急『スカイライナー』を80年代半ばから通勤用に運行しています。京成上野駅(東京)と成田空港駅(千葉)を約1時間で結び、平日、通勤時間の5時台から8時台までを『モーニンググライナー』、帰宅時間の18時台から23時台までを『イブニングライナー』と称して親しまれています」(同)
京成上野駅―成田空港駅間の特急料金は410円と、ワンコインでお釣りがくる値段設定だ。
「京成上野駅の手前にある日暮里駅(東京)にも停車するため、都心へのアクセスは抜群。京成電鉄沿線のサラリーマンを助けてきました」(全国紙経済部記者)
最近になって、「通勤ライナー」に力を入れ始めている大手私鉄も存在する。
例えば、西武鉄道は今年3月、池袋(東京)と秩父(埼玉)を結ぶ既存の「レッドアロー号」に加え、「ラビュー」を新たに投入した。
「ラビューは、レッドアロー号より1車両当たりの乗員を少なくして、ゆったりしたスペースを確保しています。乗車時間や特急料金は、レッドアロー号と同じ。つまりラビューは、レッドアロー号の完全なる上位互換として運行されているのです」(同)
ラビューの投入と共に、西武鉄道沿線が盛り上がっている。西武鉄道沿線には、この新特急運行に併せるように埼玉・飯能市にムーミンテーマパークが今年3月にオープン。さらには、西武系列企業が運営する秩父駅前の温泉複合施設「秩父駅前温泉祭の湯」なども新しく動き出した。所沢の西武球場も野球ファンで連日盛況だ。
京王電鉄は、2018年に京王八王子(東京)と新宿を結ぶ、有料座席指定列車「京王ライナー」を導入した。
「導入当時は夜間のみの運行でした。しかし、2019年からは朝も運行し、通勤ラッシュ時に座席指定料400円で楽々通勤でるようになりました。利用者の評判は総じて上々です。ただ、八王子駅―新宿駅間の乗車時間は40分と長いため、トイレがないのが難点。通勤に利用しているサラリーマンからは『トイレがあれば完璧だった』という声も上がっています」(同)
鉄道各社が「通勤ライナー」に力を入れているのはなぜなのか。前出の鉄道アナリストはこう分析する。
「1つは団塊世代の大量定年、さらに今後も人口減少が予測され、業績が悪化する中での“テコ入れ対策”です。『通勤ライナー』を拡大させることで、乗客の減少と共に下降する売上を補おうと思っているのです」
さらに鉄道アナリストは、「沿線に定住する若い世代を増加させる狙いもある」と指摘する。
「最近は満員電車を嫌い、居住地として、通勤時にあまり混んでない路線を選ぶ若者が増えています。また、若者だけでなく、中高年の方は、新しく家を建てるにしても通勤時の負担が少ない沿線に新居を構えたいと思っています。そのため、混雑を緩和させる対策が急務。その1つが、『通勤ライナー』なのです」
今や、快適性を重視する人が増えているため、各私鉄は「通勤ライナー」に力を入れざるを得ないのだ。
ただ、首都圏私大准教(経済学)は、「近い将来は人口減、働き方改革でテレワーク導入企業や時間差通勤もより増え、自然と混雑も緩和される」と指摘する。
「今後は、通勤時間帯にいかに有意義な時間を持てるかが重要になってくるでしょう。そのため、利用鉄道沿線で暮らすことが、いかに大切かなど、住まいの環境も含めてのトータル力が鉄道会社には問われてくるかもしれませんね」(同)
大手私鉄は、ただ人を運ぶだけではサバイバルできない時代に突入するようだ。